律蔵 コーサンビー犍度 段落35
“Khamanīyaṁ, bhagavā, yāpanīyaṁ, bhagavā; na ca mayaṁ, bhante, piṇḍakena kilamāmā”ti. “Kacci pana vo, anuruddhā, samaggā sammodamānā avivadamānā khīrodakībhūtā aññamaññaṁ piyacakkhūhi sampassantā viharathā”ti? “Taggha mayaṁ, bhante, samaggā sammodamānā avivadamānā khīrodakībhūtā aññamaññaṁ piyacakkhūhi sampassantā viharāmā”ti. “Yathā kathaṁ pana tumhe, anuruddhā, samaggā sammodamānā avivadamānā khīrodakībhūtā aññamaññaṁ piyacakkhūhi sampassantā viharathā”ti? “Idha mayhaṁ, bhante, evaṁ hoti— ‘lābhā vata me, suladdhaṁ vata me, yohaṁ evarūpehi sabrahmacārīhi saddhiṁ viharāmī’ti. Tassa mayhaṁ, bhante, imesu āyasmantesu mettaṁ kāyakammaṁ paccupaṭṭhitaṁ āvi ceva raho ca; mettaṁ manokammaṁ paccupaṭṭhitaṁ āvi ceva raho ca. ‘yannūnāhaṁ sakaṁ cittaṁ nikkhipitvā imesaṁyeva āyasmantānaṁ cittassa vasena vatteyyan’ti.
「世尊よ、わたくしどもは健やかに、無事に過ごしております。また、尊師よ、托鉢の食にも不自由いたしておりません」と。
「ところで、アヌルッダよ、そなたたちは和合し(samagga)、喜び合い(sammodamāna)、諍うことなく(avivadamāna)、水と乳とが交じり合うがごとく(khīrodakībhūta)、互いに慈しみの眼(piyacakkhū)をもって相見ながら住しているか」と。
「まことにわたくしどもは、尊師よ、和合し、喜び合い、諍うことなく、水と乳とが交じり合うがごとく、互いに慈しみの眼をもって相見ながら住しております」と。
「では、アヌルッダよ、そなたたちはいかにして、和合し、喜び合い、諍うことなく、水と乳とが交じり合うがごとく、互いに慈しみの眼をもって相見ながら住しているのか」と。
「尊師よ、わたくしにはかくのごとき思いが起こります——『まことに利得なるかな、まことに善く得たるかな、わたくしはかかる梵行の同行(sabrahmacārī)の方々とともに住することができると』。尊師よ、そこでわたくしは、これらの尊者方に対して、人前においても、ひとりおられるときも、慈しみ(mettā)の身業(kāyakamma)をもって奉仕し、慈しみの意業(manokamma)をもって奉仕いたします。そして『いっそわたくしは自らの心を退けて、これらの尊者方の心のままに従って行動しようではないか』と。
導線タグ: 病気,休息,許し,食事
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。