律蔵 コーサンビー犍度 段落25
Mayaṁ, deva, sīsaṁ chindeyyāmā’ti. ‘Ayaṁ kho, bhaṇe, dīghītissa kosalarañño putto dīghāvu kumāro. Nāyaṁ labbhā kiñci kātuṁ. Iminā ca me jīvitaṁ dinnaṁ, mayā ca imassa jīvitaṁ dinnan’ti. Atha kho, bhikkhave, brahmadatto kāsirājā dīghāvuṁ kumāraṁ etadavoca— ‘yaṁ kho te, tāta dīghāvu, pitā maraṇakāle avaca “mā kho tvaṁ, tāta dīghāvu, dīghaṁ passa, mā rassaṁ. ‘Yaṁ kho me, deva, pitā maraṇakāle avaca “mā dīghan”ti mā ciraṁ veraṁ akāsīti. Yaṁ kho me, deva, pitā maraṇakāle avaca “mā rassan”ti mā khippaṁ mittehi bhijjitthāti. Yaṁ kho me, deva, pitā maraṇakāle avaca “na hi, tāta dīghāvu, verena verā sammanti, averena hi, tāta dīghāvu, verā sammantī”ti devena me mātāpitaro hatāti. Sacāhaṁ devaṁ jīvitā voropeyyaṁ, ye devassa atthakāmā te maṁ jīvitā voropeyyuṁ, ye me atthakāmā te te jīvitā voropeyyuṁ—
「陛下よ、われらはその首を斬りましょう」と申し上げた。すると、「これはコーサラ国王ディーガーティの子、ディーガーヴ王子である。この者に何事もなしてはならぬ。この者はわが命を救い、われもまたこの者の命を救ったのだから」と仰せになった。
比丘たちよ、そこでカーシ国王ブラフマダッタはディーガーヴ王子にこう言った。「ディーガーヴよ、汝の父君が臨終の際に語られた言葉、すなわち『ディーガーヴよ、長く見るな、短く見るな』という言葉は、いかなる意味であったか」と。
「陛下よ、父が臨終の際に『長く見るな』と申したのは、長く怨みを抱くことなかれ、ということでございます。陛下よ、父が臨終の際に『短く見るな』と申したのは、友を速やかに失うことなかれ、ということでございます。陛下よ、父が臨終の際に『ディーガーヴよ、まことに怨みは怨みによっては静まらない、怨みなきによってこそ怨みは静まるのである』と申したのは、陛下がわが父母を殺されたからにほかなりません。もしわれが陛下の命を奪えば、陛下の利を願う者はわが命を奪い、わが利を願う者はさらにその者たちの命を奪うことになりましょう。
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⚠ 希死念慮の場面では使わない
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。