律蔵 チャンパー犍度 段落47
pāpikā te diṭṭhi, paṭinissajjetaṁ pāpikaṁ diṭṭhin’ti. ‘āmāvuso, passāmi, āma paṭikarissāmi, āma paṭinissajjissāmī’ti. Taṁ saṅgho adassane vā appaṭikamme vā appaṭinissagge vā ukkhipati— adhammakammaṁ. Idha pana, bhikkhave, bhikkhussa hoti āpatti daṭṭhabbā. Tamenaṁ codeti saṅgho vā sambahulā vā ekapuggalo vā— ‘āpattiṁ tvaṁ, āvuso, āpanno, passasetaṁ āpattin’ti? ‘natthi me, āvuso, āpatti, yamahaṁ passeyyan’ti. Taṁ saṅgho āpattiyā adassane ukkhipati—
「汝の見解(ディッティ)は邪悪なり。その邪悪なる見解を捨てよ」と〔告げられたるに対して〕、「友よ、然り、わたくしは〔それを〕見る。然り、わたくしは悔い改めるであろう。然り、わたくしは〔それを〕捨てるであろう」と〔答えたる場合、〕——かかる者を僧伽(サンガ)が、〔見解を〕見ないこと、あるいは悔い改めないこと、あるいは捨てないことを理由として擯出(ウッキパティ)するならば、それは非法の羯磨(アダンマカンマ)である。
しかるにここに、比丘たちよ、ある比丘に見られるべき罪過(アーパッティ)がある。彼に対して、僧伽が、あるいは多数の者が、あるいは一人の者が告発する——「友よ、汝は罪過を犯せり。汝はその罪過を認めるか」と。〔これに対して彼が、〕「友よ、わたくしには、わたくしが認めるべき罪過などというものはない」と〔答えたとき、〕——僧伽はその者を、罪過を見ないことを理由として擯出する。
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⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。