律蔵 チャンパー犍度 段落41
adhammakammaṁ. Idha pana, bhikkhave, bhikkhussa na hoti āpatti daṭṭhabbā, na hoti āpatti paṭikātabbā. Tamenaṁ codeti saṅgho vā sambahulā vā ekapuggalo vā— ‘āpattiṁ tvaṁ, āvuso, āpanno, passasetaṁ āpattiṁ? Paṭikarohi taṁ āpattin’ti. ‘natthi me, āvuso, āpatti, yamahaṁ passeyyaṁ. Natthi me, āvuso, āpatti, yamahaṁ paṭikareyyan’ti. Taṁ saṅgho adassane vā appaṭikamme vā ukkhipati— adhammakammaṁ. Idha pana, bhikkhave, bhikkhussa na hoti āpatti daṭṭhabbā, na hoti pāpikā diṭṭhi paṭinissajjetā.
〔非法の羯磨〕
また比丘たちよ、ここに或る比丘があって、見られるべき罪科(āpatti)もなく、懺悔(paṭikamma)されるべき罪科もないとする。しかるに僧伽(saṅgha)が、あるいは複数の者が、あるいは一人の者が、その比丘を詰責して言う——「友よ、汝は罪科を犯した。汝はその罪科を認めるか。その罪科を懺悔せよ」と。これに対してその比丘は答える——「友よ、私には、私が認めるべき罪科はない。友よ、私には、私が懺悔すべき罪科はない」と。しかるに僧伽が、〔罪科を〕見ないこと(adassana)を理由として、あるいは懺悔しないこと(appaṭikamma)を理由として、その比丘を擯出(ukkhepanīya)するならば——これは非法の羯磨(adhammakamma)である。
また比丘たちよ、ここに或る比丘があって、見られるべき罪科もなく、捨てられるべき邪見(pāpikā diṭṭhi)もないとする。
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⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。