律蔵 チャンパー犍度 段落11
dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi— “Adhammena ce, bhikkhave, vaggakammaṁ akammaṁ na ca karaṇīyaṁ, adhammena samaggakammaṁ akammaṁ na ca karaṇīyaṁ, dhammena vaggakammaṁ akammaṁ na ca karaṇīyaṁ; dhammapatirūpakena vaggakammaṁ akammaṁ na ca karaṇīyaṁ, dhammapatirūpakena samaggakammaṁ akammaṁ na ca karaṇīyaṁ; ekopi ekaṁ ukkhipati akammaṁ na ca karaṇīyaṁ, ekopi dve ukkhipati akammaṁ na ca karaṇīyaṁ, ekopi sambahule ukkhipati akammaṁ na ca karaṇīyaṁ, ekopi saṅghaṁ ukkhipati akammaṁ na ca karaṇīyaṁ;,
法(ダンマ)にかなった話をなされてから、比丘たちに告げられた——
「比丘たちよ、もし法(ダンマ)に反して分裂した衆による羯磨(カンマ)がなされたならば、それは羯磨にあらず、またなされるべきものにもあらず。法に反して和合した衆による羯磨がなされたならば、それは羯磨にあらず、またなされるべきものにもあらず。法にかなって分裂した衆による羯磨がなされたならば、それは羯磨にあらず、またなされるべきものにもあらず。法に似て非なるもの(ダンマパティルーパカ)によって分裂した衆による羯磨がなされたならば、それは羯磨にあらず、またなされるべきものにもあらず。法に似て非なるものによって和合した衆による羯磨がなされたならば、それは羯磨にあらず、またなされるべきものにもあらず。一人が一人を擯出(ウッキパティ)したならば、それは羯磨にあらず、またなされるべきものにもあらず。一人が二人を擯出したならば、それは羯磨にあらず、またなされるべきものにもあらず。一人が多くの者どもを擯出したならば、それは羯磨にあらず、またなされるべきものにもあらず。一人が僧伽(サンガ)を擯出したならば、それは羯磨にあらず、またなされるべきものにもあらず。」
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⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。