律蔵 カティナ犍度 段落41
So taṁ cīvarāsaṁ payirupāsati. Āsāya labhati, anāsāya na labhati. Tassa evaṁ hoti—“nevimaṁ cīvaraṁ kāressaṁ, na paccessan”ti. Tassa bhikkhuno sanniṭṭhānantiko kathinuddhāro. Bhikkhu atthatakathino cīvarāsāya pakkamati “paccessan”ti. So bahisīmagato suṇāti—“ubbhataṁ kira tasmiṁ āvāse kathinan”ti. Tassa evaṁ hoti—“yato tasmiṁ āvāse ubbhataṁ kathinaṁ, idhevimaṁ cīvarāsaṁ payirupāsissan”ti. So taṁ cīvarāsaṁ payirupāsati. Āsāya labhati, anāsāya na labhati. Tassa evaṁ hoti—“idhevimaṁ cīvaraṁ kāressaṁ, na paccessan”ti. So taṁ cīvaraṁ kāreti. Tassa taṁ cīvaraṁ kayiramānaṁ nassati. Tassa bhikkhuno nāsanantiko kathinuddhāro.
その比丘は、その衣の望みをひたすら待ち求める。望みによりて得ることあり、望みなければ得ることなし。かくして彼の心にかく思う——「われはこの衣を仕立てることもなく、また受領することもあるまい」と。この比丘にとって、カティナ(功徳衣)の撤収(kathinuddhāra)は、決断の時をもって終わる。
カティナを張り受けた比丘が、「受領しよう」と思いて、衣の望みを抱きつつ〔住処を〕出発する。その比丘が結界(sīmā)の外に至りたる時、「かの住処にてカティナはすでに撤収されたり」との報を耳にする。かくして彼の心にかく思う——「かの住処においてカティナがすでに撤収されたるならば、われはここにてこの衣の望みを待ち求めよう」と。
かくしてその比丘は、その衣の望みをひたすら待ち求める。望みによりて得ることあり、望みなければ得ることなし。かくして彼の心にかく思う——「われはここにてこの衣を仕立てよう、受領することなく」と。その比丘は衣を仕立てる。しかるに、その仕立てられつつある衣が失われてしまう。この比丘にとって、カティナの撤収は、〔衣の〕滅失の時をもって終わる。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。