律蔵 薬犍度 段落102
Ekamantaṁ nisinnaṁ kho sīhaṁ senāpatiṁ bhagavā dhammiyā kathāya sandassetvā samādapetvā samuttejetvā sampahaṁsetvā uṭṭhāyāsanā pakkāmi. Atha kho bhagavā etasmiṁ nidāne etasmiṁ pakaraṇe dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi— “na, bhikkhave, jānaṁ uddissakataṁ maṁsaṁ paribhuñjitabbaṁ. Yo paribhuñjeyya, āpatti dukkaṭassa. Anujānāmi, bhikkhave, tikoṭiparisuddhaṁ macchamaṁsaṁ—adiṭṭhaṁ assutaṁ aparisaṅkitan”ti. 20. Kappiyabhūmianujānana Tena kho pana samayena vesālī subhikkhā hoti susassā sulabhapiṇḍā, sukarā uñchena paggahena yāpetuṁ. Atha kho bhagavato rahogatassa paṭisallīnassa evaṁ cetaso parivitakko udapādi— “yāni tāni mayā bhikkhūnaṁ anuññātāni dubbhikkhe dussasse dullabhapiṇḍe anto vuṭṭhaṁ anto pakkaṁ sāmaṁ pakkaṁ uggahitapaṭiggahitakaṁ tato nīhaṭaṁ purebhattaṁ paṭiggahitaṁ vanaṭṭhaṁ pokkharaṭṭhaṁ, ajjāpi nu kho tāni bhikkhū paribhuñjantī”ti. Atha kho bhagavā sāyanhasamayaṁ paṭisallānā vuṭṭhito āyasmantaṁ ānandaṁ āmantesi—
一方に坐せるシーハ将軍に、世尊は法(ダンマ)の教えをもって示し、導き、励まし、喜ばせ、そして座より立ちて去り行かれた。
かくして世尊は、この因縁により、この事柄を契機として、法の教えを説かれたのち、比丘たちに告げられた——
「比丘たちよ、知りながら、自分のために殺された肉を食してはならない。食する者は、悪作(ドゥッカタ)の罪を犯す。比丘たちよ、三種の清浄(ティコーティパリスッダ)なる魚肉——すなわち、見ておらず、聞いておらず、疑いなきもの——を許す」と。
さてそのころ、ヴェーサーリーは豊かにして、穀物実り、食を得ることも容易く、托鉢(うんちゃ)と乞食(パッガハ)によって生活を維持することもたやすかった。
そのとき、世尊が独居(ラホガタ)にして禅定(パティサッラーナ)にあられたとき、こころにかくの如き思惟が起こった——
「かつて私が比丘たちに許したもの、すなわち飢饉にて、穀物乏しく、食を得ることの難しかりし折に許したもの——屋内にて調理されたもの、屋内にて煮られたもの、自ら煮たもの、手ずから受け取ったもの、そこより運ばれたもの、食前に受け取ったもの、森に生ずるもの、蓮池に生ずるもの——今もなお比丘たちはそれらを用いているであろうか」と。
かくして世尊は、夕暮れの時、禅定より出でて、尊者アーナンダに告げられた——
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。