律蔵 皮革犍度 段落10
Saṁvijjanti kho pana me kule bhogā; Yannūnāhaṁ hīnāyāvattitvā bhoge ca bhuñjeyyaṁ, puññāni ca kareyyan’”ti? “Evaṁ, bhante”ti. “Taṁ kiṁ maññasi, soṇa, kusalo tvaṁ pubbe agārikabhūto vīṇāya tantissare”ti? “Taṁ kiṁ maññasi, soṇa, yadā te vīṇāya tantiyo accāyatā honti, api nu te vīṇā tasmiṁ samaye saravatī vā hoti, kammaññā vā”ti? “Taṁ kiṁ maññasi, soṇa, yadā te vīṇāya tantiyo atisithilā honti, api nu te vīṇā tasmiṁ samaye saravatī vā hoti, kammaññā vā”ti? “Taṁ kiṁ maññasi, soṇa, yadā te vīṇāya tantiyo neva accāyatā honti nātisithilā, same guṇe patiṭṭhitā, api nu te vīṇā tasmiṁ samaye saravatī vā hoti, kammaññā vā”ti? “Evameva kho, soṇa, accāraddhavīriyaṁ uddhaccāya saṁvattati, atilīnavīriyaṁ kosajjāya saṁvattati. Tasmātiha tvaṁ, soṇa, vīriyasamataṁ adhiṭṭhaha, indriyānañca samataṁ paṭivijjha, tattha ca nimittaṁ gaṇhāhī”ti. “Evaṁ, bhante”ti kho āyasmā soṇo bhagavato paccassosi.
「しかるに、私の家には財産がございます。還俗いたしまして、その財を享受しつつ、功徳を積むことができるのではないでしょうか」と。「そうであります、世尊よ」と。「ソーナよ、そなたはどう思うか。そなたは在家のころ、琵琶(ヴィーナー)の弦の音に巧みであったではないか」と。「そうであります、世尊よ」と。「ソーナよ、そなたはどう思うか。そなたの琵琶の弦が張り過ぎているとき、その折に琵琶は音色よく響き、弾きこなすことができるであろうか」と。「いいえ、世尊よ」と。「ソーナよ、そなたはどう思うか。そなたの琵琶の弦が緩み過ぎているとき、その折に琵琶は音色よく響き、弾きこなすことができるであろうか」と。「いいえ、世尊よ」と。「ソーナよ、そなたはどう思うか。そなたの琵琶の弦が張り過ぎることなく、また緩み過ぎることなく、均しく調和のとれた状態に保たれているとき、その折に琵琶は音色よく響き、弾きこなすことができるであろうか」と。「そのとおりであります、世尊よ」と。「まさにそのように、ソーナよ、精進(ヴィーリヤ)が過ぎれば掉挙(ウッダッチャ)に傾き、精進が弛めば懈怠(コーサッジャ)に傾くのである。されば、ソーナよ、そなたは精進の平静(ヴィーリヤサマター)を保つことを決意し、諸根(インドリヤ)の均衡を見きわめ、そこに心の標相(ニミッタ)を取れ」と。「そのとおりであります、世尊よ」と、尊者ソーナは世尊の言葉に謹んで従った。
導線タグ: 介護,休息,焦り,睡眠
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?
🪷 AIブッダ 禅とは
AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。
一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。
経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。