律蔵 自恣犍度 段落87
suttantikehi suttantaṁ saṅgāyantehi … vinayadharehi vinayaṁ vinicchinantehi … dhammakathikehi dhammaṁ sākacchantehi … bhikkhūhi kalahaṁ karontehi yebhuyyena ratti khepitā hoti. Tatra ce bhikkhūnaṁ evaṁ hoti— Sace saṅgho tevācikaṁ pavāressati, appavāritova saṅgho bhavissati, athāyaṁ ratti vibhāyissatī’ti, byattena bhikkhunā paṭibalena saṅgho ñāpetabbo— ‘Suṇātu me, bhante, saṅgho. Bhikkhūhi kalahaṁ karontehi yebhuyyena ratti khepitā. Sace saṅgho tevācikaṁ pavāressati, appavāritova saṅgho bhavissati, athāyaṁ ratti vibhāyissati. Yadi saṅghassa pattakallaṁ, saṅgho dvevācikaṁ, ekavācikaṁ, samānavassikaṁ pavāreyyā’”ti.
経典を誦する者たちが経典を合誦し、律を持する者たちが律を決択し、法を説く者たちが法を談論し、あるいは比丘たちが諍いを起こして、その大半の夜が費やされてしまうことがある。そのような場合に、もし比丘たちがこのように思うならば、——「もし僧伽(サンガ)が三唱の自恣(パーヴァーラナー)を行うならば、僧伽はいまだ自恣を果たさぬままとなってしまうであろう。しかるにこの夜は明けようとしている」と。
その時、能弁にして堪能なる比丘は、僧伽に告白すべきである。
「尊者たちよ、僧伽よ、我が言葉を聴かれよ。比丘たちが諍いを起こして、その大半の夜が費やされてしまいました。もし僧伽が三唱の自恣を行うならば、僧伽はいまだ自恣を果たさぬままとなってしまうでしょう。しかるにこの夜は明けようとしております。もし僧伽において時宜にかなっているならば、僧伽は二唱の自恣、あるいは一唱の自恣、あるいは同夏(サマーナワッシカ)の自恣を行われますよう」と。
導線タグ: 自信,睡眠,罪悪感
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。