律蔵 自恣犍度 段落77
Te vematikā vicinanti, vicinitvā passanti, passitvā pāṭekkaṁ pavārenti. Āpatti dukkaṭassa. Te vematikā vicinanti, vicinitvā passanti, passitvā—‘nassantete, vinassantete, ko tehi attho’ti—bhedapurekkhārā pavārenti. Āpatti thullaccayassa. 17. Nānāsaṁvāsakādīhipavāraṇā Idha pana, bhikkhave, āgantukā bhikkhū passanti āvāsike bhikkhū nānāsaṁvāsake. Te samānasaṁvāsakadiṭṭhiṁ paṭilabhanti, samānasaṁvāsakadiṭṭhiṁ paṭilabhitvā na pucchanti, apucchitvā ekato pavārenti, anāpatti. Te pucchanti, pucchitvā nābhivitaranti, anabhivitaritvā ekato pavārenti. Āpatti dukkaṭassa. Te pucchanti, pucchitvā nābhivitaranti, anabhivitaritvā pāṭekkaṁ pavārenti. Anāpatti. Idha pana, bhikkhave, āgantukā bhikkhū passanti āvāsike bhikkhū samānasaṁvāsake. Te nānāsaṁvāsakadiṭṭhiṁ paṭilabhanti, nānāsaṁvāsakadiṭṭhiṁ paṭilabhitvā na pucchanti, apucchitvā ekato pavārenti. Āpatti dukkaṭassa.
彼らは疑念を抱きつつ審議し、審議を経て確認し、確認した後に別々に自恣(パーヴァーラナー)を行う。これは突吉羅(ドゥッカタ)の罪を犯すことになる。彼らは疑念を抱きつつ審議し、審議を経て確認し、確認した後に、「あの者どもは滅びよ、あの者どもは亡びよ、彼らと何の関わりがあろうか」と、分裂を意図して自恣を行う。これは偷蘭遮(トゥッラッチャヤ)の罪を犯すことになる。
第十七節 別住者等との自恣
さて比丘たちよ、ここに来訪の比丘たちが、住処の比丘たちを別住者(ナーナーサンヴァーサカ)であると見なす場合がある。彼らが同住者(サマーナサンヴァーサカ)であるとの見解を得て、その見解を得た後に問い質さず、問い質さないままに共同して自恣を行う。これは無罪である。彼らが問い質し、問い質した後に〔事情を〕明らかにせず、明らかにしないままに共同して自恣を行う。これは突吉羅の罪を犯すことになる。彼らが問い質し、問い質した後に〔事情を〕明らかにせず、明らかにしないままに別々に自恣を行う。これは無罪である。
さて比丘たちよ、ここに来訪の比丘たちが、住処の比丘たちを同住者であると見なす場合がある。彼らが別住者であるとの見解を得て、その見解を得た後に問い質さず、問い質さないままに共同して自恣を行う。これは突吉羅の罪を犯すことになる。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。