律蔵 自恣犍度 段落68
Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā. ‘atthaññe āvāsikā bhikkhū anāgatā’ti. Te ‘nassantete, vinassantete, ko tehi attho’ti— bhedapurekkhārā pavārenti. Tehi pavāritamatte, ekaccāya vuṭṭhitāya parisāya, athaññe āvāsikā bhikkhū āgacchanti thokatarā. Pavāritā suppavāritā, tesaṁ santike pavāretabbaṁ. Pavāritānaṁ āpatti thullaccayassa. Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā. ‘atthaññe āvāsikā bhikkhū anāgatā’ti. Te ‘nassantete, vinassantete, ko tehi attho’ti—
「比丘たちよ、ここにある住処において、その日、自恣(パーヴァーラナー)のために多くの住処の比丘たちが集まる。五人、あるいはそれ以上である。『他にまだ来ていない住処の比丘たちがいる』と知りながら、彼らは『あの者たちは滅びるがよい、亡びるがよい、彼らに何の用があるか』と、分裂を望む心をもって自恣を行う。彼らが自恣を行い終えると、一部の衆(パリサー)が立ち去った後に、他の住処の比丘たちが少数やって来る。すでに自恣を行った者は正しく自恣を行ったことになる。しかしその者たちのもとで改めて自恣を行わなければならない。すでに自恣を行った者たちには偸蘭遮(トゥッラッチャヤ)の罪過を犯すことになる。
比丘たちよ、ここにまたある住処において、その日、自恣のために多くの住処の比丘たちが集まる。五人、あるいはそれ以上である。『他にまだ来ていない住処の比丘たちがいる』と知りながら、彼らは『あの者たちは滅びるがよい、亡びるがよい、彼らに何の用があるか』と——」
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。