律蔵 自恣犍度 段落61
Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā. ‘atthaññe āvāsikā bhikkhū anāgatā’ti. Te ‘nassantete, vinassantete, ko tehi attho’ti— bhedapurekkhārā pavārenti. Tehi pavāriyamāne athaññe āvāsikā bhikkhū āgacchanti samasamā. Pavāritā suppavāritā, avasesehi pavāretabbaṁ. Pavāritānaṁ āpatti thullaccayassa. Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā. ‘atthaññe āvāsikā bhikkhū anāgatā’ti. Te ‘nassantete, vinassantete, ko tehi attho’ti—
「比丘たちよ、ここにある住処において、自恣(pavāraṇā)の当日、多くの住処の比丘たちが集まる。五人あるいはそれ以上である。『他にも住処の比丘たちで、まだ来ていない者がいる』と知りながら、彼らは『あの者どもは滅びるがよい、あの者どもは亡ぶがよい、あの者どもに何の用があろうか』と——分裂を望む心をもって自恣を行う。彼らがそのように自恣を行っているうちに、他の住処の比丘たちが等しい数だけやって来る。すでに自恣を行った者たちの自恣は正しく行われたものであり、残りの者たちによってさらに自恣が行われるべきである。自恣を行った者たちには偷蘭遮(thullaccaya)の罪過がある。
比丘たちよ、ここにまたある住処において、自恣の当日、多くの住処の比丘たちが集まる。五人あるいはそれ以上である。『他にも住処の比丘たちで、まだ来ていない者がいる』と知りながら、彼らは『あの者どもは滅びるがよい、あの者どもは亡ぶがよい、あの者どもに何の用があろうか』と——」
導線タグ: 分裂,仲間外れ,排除,集団の和,規律違反,故意の妨害,サンガの秩序
⚠ 出家者向けの文脈
この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?
🪷 AIブッダ 禅とは
AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。
一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。
経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。