律蔵 自恣犍度 段落58
Pavāritā suppavāritā, avasesehi pavāretabbaṁ. Pavāritānaṁ āpatti dukkaṭassa. Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā. ‘atthaññe āvāsikā bhikkhū anāgatā’ti. Te ‘kappateva amhākaṁ pavāretuṁ, nāmhākaṁ na kappatī’ti— kukkuccapakatā pavārenti. Tehi pavāriyamāne athaññe āvāsikā bhikkhū āgacchanti thokatarā. Pavāritā suppavāritā, avasesehi pavāretabbaṁ. Pavāritānaṁ āpatti dukkaṭassa. Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā.
自恣(pavāraṇā)はよく行われた、まことによく行われた。残りの者たちによってさらに自恣を行うべきである。すでに自恣を行った者が〔重ねて行えば〕、突吉羅(dukkaṭa)の罪を犯す。
さて比丘たちよ、ある住処において、自恣の当日、多くの住処の比丘たちが集まる場合、五人あるいはそれ以上が。「他にもまだ来ていない住処の比丘たちがいる」と。彼らは「我らが自恣を行うことは適切であろうか、それとも適切でないのであろうか」と——不安(kukkucca)に捉われながら自恣を行う。彼らが自恣を行っている間に、他の住処の比丘たちがさらに少数やって来る。
自恣はよく行われた、まことによく行われた。残りの者たちによってさらに自恣を行うべきである。すでに自恣を行った者が〔重ねて行えば〕、突吉羅(dukkaṭa)の罪を犯す。
さて比丘たちよ、ある住処において、自恣の当日、多くの住処の比丘たちが集まる場合、五人あるいはそれ以上が。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。