律蔵 自恣犍度 段落53
sabbāya vuṭṭhitāya parisāya, athaññe āvāsikā bhikkhū āgacchanti bahutarā …pe… samasamā …pe… thokatarā. Pavāritā suppavāritā, tesaṁ santike pavāretabbaṁ. Pavāritānaṁ āpatti dukkaṭassa. Vaggāvaggasaññipannarasakaṁ niṭṭhitaṁ. 11. Vematikapannarasaka Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā. ‘atthaññe āvāsikā bhikkhū anāgatā’ti. Te ‘kappati nu kho amhākaṁ pavāretuṁ, na nu kho kappatī’ti vematikā pavārenti.
すべての者が自恣(じし)を行い終えた集会のあと、他の在住(āvāsika)の比丘たちがさらに多く到着した場合、……あるいは同数の場合、……あるいは少数の場合においても、〔先に〕自恣を終えた者たちは、よく自恣を行い終えているのであるから、これら〔後から来た者たち〕の前で改めて自恣を行わなければならない。〔もしこれを怠るならば、〕自恣を終えた者たちには突吉羅(とっきら、dukkaṭa)の罪を犯したことになる。
「和合・不和合の十五ヶ条」はここに終わる。
第十一節 疑念の十五ヶ条(Vematikapannarasa)
比丘たちよ、ここにある住処(āvāsa)において、自恣の当日、多くの在住の比丘たちが集まるとしよう。五人、あるいはそれ以上である。〔そのとき〕「他にまだ来ていない在住の比丘たちがいる」と〔知れわたる〕。彼らは「われわれが自恣を行うことは許されるであろうか、それとも許されないであろうか」と疑念(vematika)を抱きながら自恣を行う。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。