律蔵 自恣犍度 段落51
Tehi, bhikkhave, bhikkhūhi puna pavāretabbaṁ. Pavāritānaṁ āpatti dukkaṭassa. Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā. ‘atthaññe āvāsikā bhikkhū anāgatā’ti. Te dhammasaññino vinayasaññino vaggā vaggasaññino pavārenti. Tehi pavāriyamāne athaññe āvāsikā bhikkhū āgacchanti samasamā. Pavāritā suppavāritā, avasesehi pavāretabbaṁ. Pavāritānaṁ āpatti dukkaṭassa. Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā. ‘atthaññe āvāsikā bhikkhū anāgatā’ti.
「比丘たちよ、彼ら比丘たちは、再び自恣(パーヴァーラナー)を行なわねばならない。〔すでに〕自恣を行なった者たちには、突吉羅(ドゥッカタ)の罪が生じる。
さて比丘たちよ、ここにある住処において、その日の自恣に際し、多くの住処の比丘たちが集まる場合がある――五名、あるいはそれ以上が。〔彼らは思う、〕『他に来ていない住処の比丘たちがいる』と。彼らは法(ダンマ)を心に念じ、律(ヴィナヤ)を心に念じ、〔しかし〕分裂しており、分裂していると心に念じながら自恣を行なう。彼らが自恣を行なっている最中に、他の住処の比丘たちが同数だけやって来る。〔先に自恣を行なった者たちは〕正しく自恣を行なったのであり、よく自恣を行なったのである。残りの者たちは〔改めて〕自恣を行なわねばならない。〔すでに〕自恣を行なった者たちには、突吉羅の罪が生じる。
さて比丘たちよ、ここにある住処において、その日の自恣に際し、多くの住処の比丘たちが集まる場合がある――五名、あるいはそれ以上が。〔彼らは思う、〕『他に来ていない住処の比丘たちがいる』と。」
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。