律蔵 自恣犍度 段落46
Pavāritā suppavāritā, tesaṁ santike pavāretabbaṁ. Pavāritānaṁ anāpatti. Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā. Te na jānanti— ‘atthaññe āvāsikā bhikkhū anāgatā’ti. Te dhammasaññino vinayasaññino vaggā samaggasaññino pavārenti. Tehi pavāritamatte, ekaccāya vuṭṭhitāya parisāya, athaññe āvāsikā bhikkhū āgacchanti bahutarā. Tehi, bhikkhave, bhikkhūhi puna pavāretabbaṁ. Pavāritānaṁ anāpatti. Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā.
自恣(パヴァーラナー)を終えた者、正しく終えた者については、その者たちのもとにおいて自恣を行うべきである。自恣を終えた者には罪過(アーナーッティ)はない。
さて、比丘たちよ、ある住処において、自恣の当日、多くの住処の比丘たちが集まるとする――五人あるいはそれ以上が。彼らは知らないのである――「まだ来ていない住処の比丘たちがいる」とは。彼らは法(ダンマ)を心得、律(ヴィナヤ)を心得、和合(サマッガ)を心得た者として、分かれながらも自恣を行う。彼らが自恣を終えたまさにその時、集いの一部がすでに立ち去ったのち、他の住処の比丘たちがより多く到着する。かかる場合、比丘たちよ、それらの比丘たちは再び自恣を行うべきである。自恣を終えた者には罪過はない。
さて、比丘たちよ、ある住処において、自恣の当日、多くの住処の比丘たちが集まるとする――五人あるいはそれ以上が。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。