律蔵 自恣犍度 段落45
‘atthaññe āvāsikā bhikkhū anāgatā’ti. Te dhammasaññino vinayasaññino vaggā samaggasaññino pavārenti. Tehi pavāritamatte, avuṭṭhitāya parisāya, athaññe āvāsikā bhikkhū āgacchanti samasamā. Pavāritā suppavāritā, tesaṁ santike pavāretabbaṁ. Pavāritānaṁ anāpatti. Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sambahulā āvāsikā bhikkhū sannipatanti, pañca vā atirekā vā. Te na jānanti— ‘atthaññe āvāsikā bhikkhū anāgatā’ti. Te dhammasaññino vinayasaññino vaggā samaggasaññino pavārenti. Tehi pavāritamatte, avuṭṭhitāya parisāya, athaññe āvāsikā bhikkhū āgacchanti thokatarā.
「他にもまだ、この住処(āvāsa)に帰着していない比丘たちがいる」ということを知らずして、彼らは法(dhamma)を識別する者として、律(vinaya)を識別する者として、分派なく和合しているとの認識をもって自恣(pavāraṇā)を行う。彼らが自恣を了えた刹那、会衆(parisā)がいまだ座を立たぬうちに、他の住処の比丘たちが同数にて到着する。すでに自恣を行った者たちは十全に自恣を行ったのであり、その者たちの面前において改めて自恣を行うべきである。すでに自恣を行った者たちには罪過(āpatti)はない。
さてまた比丘たちよ、ここにある住処において、自恣の当日、多くの住処の比丘たちが集まるとする――五人、あるいはそれより多く。彼らは知らない、「他にもまだ、この住処に帰着していない比丘たちがいる」ということを。彼らは法を識別する者として、律を識別する者として、分派なく和合しているとの認識をもって自恣を行う。彼らが自恣を了えた刹那、会衆がいまだ座を立たぬうちに、他の住処の比丘たちが、より少数にて到着する。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。