律蔵 布薩犍度 段落82
“Idha pana, bhikkhave, bhikkhu pātimokkhe uddissamāne āpattiṁ sarati. Tena, bhikkhave, bhikkhunā sāmanto bhikkhu evamassa vacanīyo— ‘ahaṁ, āvuso, itthannāmaṁ āpattiṁ āpanno. Ito vuṭṭhahitvā taṁ āpattiṁ paṭikarissāmī’ti vatvā uposatho kātabbo, pātimokkhaṁ sotabbaṁ, na tveva tappaccayā uposathassa antarāyo kātabbo. Idha pana, bhikkhave, bhikkhu pātimokkhe uddissamāne āpattiyā vematiko hoti. Tena, bhikkhave, bhikkhunā sāmanto bhikkhu evamassa vacanīyo— ‘ahaṁ, āvuso, itthannāmāya āpattiyā vematiko. Yadā nibbematiko bhavissāmi, tadā taṁ āpattiṁ paṭikarissāmī’ti vatvā uposatho kātabbo, pātimokkhaṁ sotabbaṁ; na tveva tappaccayā uposathassa antarāyo kātabbo”ti. 27. Sabhāgāpattipaṭikammavidhi
「比丘たちよ、ここに、波羅提木叉(パーティモッカ)が誦されているとき、ある比丘が〔自らの〕罪過(アーパッティ)を想起するということがある。その比丘は、比丘たちよ、傍らにいる比丘に向かってこのように告げるべきである——『友よ、私はかくかくの名の罪過を犯しました。ここを退出してのち、その罪過を懺悔(パティカッラ)いたします』と述べてから、布薩(ウポサタ)を行い、波羅提木叉を聴くべきである。そのことを理由として、布薩に障碍をなしてはならない。
また、比丘たちよ、ここに、波羅提木叉が誦されているとき、ある比丘が〔自らの〕罪過について疑念(ヴェーマティカ)を抱くということがある。その比丘は、比丘たちよ、傍らにいる比丘に向かってこのように告げるべきである——『友よ、私はかくかくの名の罪過について疑念を抱いております。疑念が晴れましたならば、そのとき、その罪過を懺悔いたします』と述べてから、布薩を行い、波羅提木叉を聴くべきである。そのことを理由として、布薩に障碍をなしてはならない。」
二七 同類の罪過の懺悔の作法
導線タグ: 過ちを犯した,罪悪感,正直に打ち明ける,誠実さ,自己開示,反省,やり直し
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。