律蔵 布薩犍度 段落57
No ce labhetha, tehi, bhikkhave, bhikkhūhi sabbeheva yattha jānanti uposathaṁ vā uposathakammaṁ vā pātimokkhaṁ vā pātimokkhuddesaṁ vā, so āvāso gantabbo. No ce gaccheyyuṁ, āpatti dukkaṭassa. Idha pana, bhikkhave, aññatarasmiṁ āvāse sambahulā bhikkhū vassaṁ vasanti bālā abyattā. Te na jānanti uposathaṁ vā uposathakammaṁ vā pātimokkhaṁ vā pātimokkhuddesaṁ vā. Tehi, bhikkhave, bhikkhūhi eko bhikkhu sāmantā āvāsā sajjukaṁ pāhetabbo— ‘gacchāvuso, saṅkhittena vā vitthārena vā pātimokkhaṁ pariyāpuṇitvā āgacchā’ti. Evañcetaṁ labhetha, iccetaṁ kusalaṁ. No ce labhetha, eko bhikkhu sattāhakālikaṁ pāhetabbo— ‘gacchāvuso, saṅkhittena vā vitthārena vā pātimokkhaṁ pariyāpuṇitvā āgacchā’ti. Evañcetaṁ labhetha, iccetaṁ kusalaṁ.
もし得られないならば、比丘たちよ、それらの比丘たちは皆ともに、布薩(うぽさた)を知り、あるいは布薩の羯磨(かつま)を知り、あるいは波羅提木叉(はらもくしゃ)を知り、あるいは波羅提木叉の誦出(じゅしゅつ)を知る者のいる住処へ赴くべきである。もし赴かないならば、突吉羅(とつきつら)の罪を犯すことになる。
さて比丘たちよ、ここにある住処において、多くの比丘たちが雨安居(うあんご)を過ごしているとする。彼らは無知にして未熟であり、布薩を知らず、布薩の羯磨を知らず、波羅提木叉を知らず、波羅提木叉の誦出をも知らない。そのような場合、比丘たちよ、それらの比丘たちは一人の比丘を、近隣の住処へと速やかに遣わすべきである。「友よ、赴いて、略説によるとまたは広説によるとを問わず、波羅提木叉を習得してから戻ってきなさい」と。もしそのようにして得られるならば、それはまことに善いことである。もし得られないならば、一人の比丘を七日の期限を設けて遣わすべきである。「友よ、赴いて、略説によるとまたは広説によるとを問わず、波羅提木叉を習得してから戻ってきなさい」と。もしそのようにして得られるならば、それはまことに善いことである。
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⚠ 自己責任論に誤解されやすい,初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。