律蔵 大犍度 段落236
“gacchānanda, avāpuraṇaṁ ādāya anupariveṇiyaṁ bhikkhūnaṁ ārocehi— ‘icchatāvuso bhagavā dakkhiṇāgiriṁ cārikaṁ pakkamituṁ. Yassāyasmato attho, so āgacchatū’”ti. “Evaṁ, bhante”ti kho āyasmā ānando bhagavato paṭissuṇitvā avāpuraṇaṁ ādāya anupariveṇiyaṁ bhikkhūnaṁ ārocesi— Bhikkhū evamāhaṁsu— “bhagavatā, āvuso ānanda, paññattaṁ dasavassāni nissāya vatthuṁ, dasavassena nissayaṁ dātuṁ. Tattha ca no gantabbaṁ bhavissati, nissayo ca gahetabbo bhavissati, ittaro ca vāso bhavissati, puna ca paccāgantabbaṁ bhavissati, puna ca nissayo gahetabbo bhavissati. Sace amhākaṁ ācariyupajjhāyā gamissanti, mayampi gamissāma; no ce amhākaṁ ācariyupajjhāyā gamissanti, mayampi na gamissāma. Lahucittakatā no, āvuso ānanda, paññāyissatī”ti.
「アーナンダよ、鍵を持ってきて、各僧坊を巡り、比丘たちに告げよ。『友らよ、世尊は南山(ダッキナーギリ)へ巡遊に出発されようとしておられる。用のある者は参れ』と。」
「かしこまりました、尊師よ」と、アーナンダ尊者は世尊の言葉を承けて、鍵を手に各僧坊を巡り、比丘たちに告げた。
比丘たちはこう言った。「友アーナンダよ、世尊は、十年間は依止(ニッサヤ)のもとに住し、十年の者は依止を与えるべし、と制定されました。もしそこへ参るとなれば、依止を受けねばならず、しばしの滞在となり、また戻らねばならず、また依止を受けねばならないことになります。もし我々の和尚・阿闍梨(アーチャリヤ・ウパッジャーヤ)が参られるならば、我々も参りましょう。参られないならば、我々も参りません。友アーナンダよ、さもなくば、我々は軽率(ラフチッタカター)な者と見なされることになりましょう。」
導線タグ: 介護
⚠ 出家者向けの文脈
この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?
🪷 AIブッダ 禅とは
AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。
一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。
経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。