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智慧 vinaya 趣旨一致

律蔵 大犍度 段落198

Assaddho hoti, ahiriko hoti, anottappī hoti, kusīto hoti, muṭṭhassati hoti— Pañcahi, bhikkhave, aṅgehi samannāgatena bhikkhunā upasampādetabbaṁ, nissayo dātabbo, sāmaṇero upaṭṭhāpetabbo. Saddho hoti, hirimā hoti, ottappī hoti, āraddhavīriyo hoti, upaṭṭhitassati hoti— Aparehipi, bhikkhave, pañcahaṅgehi samannāgatena bhikkhunā na upasampādetabbaṁ, na nissayo dātabbo, na sāmaṇero upaṭṭhāpetabbo. Adhisīle sīlavipanno hoti, ajjhācāre ācāravipanno hoti, atidiṭṭhiyā diṭṭhivipanno hoti, appassuto hoti, duppañño hoti— Pañcahi, bhikkhave, aṅgehi samannāgatena bhikkhunā upasampādetabbaṁ, nissayo dātabbo, sāmaṇero upaṭṭhāpetabbo. Na adhisīle sīlavipanno hoti, na ajjhācāre ācāravipanno hoti, na atidiṭṭhiyā diṭṭhivipanno hoti, bahussuto hoti, paññavā hoti— Aparehipi, bhikkhave, pañcahaṅgehi samannāgatena bhikkhunā na upasampādetabbaṁ, na nissayo dātabbo, na sāmaṇero upaṭṭhāpetabbo. Na paṭibalo hoti antevāsiṁ vā saddhivihāriṁ vā gilānaṁ upaṭṭhātuṁ vā upaṭṭhāpetuṁ vā, anabhirataṁ vūpakāsetuṁ vā vūpakāsāpetuṁ vā, uppannaṁ kukkuccaṁ dhammato vinodetuṁ āpattiṁ na jānāti, āpattiyā vuṭṭhānaṁ na jānāti— Pañcahi, bhikkhave, aṅgehi samannāgatena bhikkhunā upasampādetabbaṁ, nissayo dātabbo, sāmaṇero upaṭṭhāpetabbo.
比丘たちよ、五つの徳目(aṅga)を具えた比丘によっては、具足戒(upasampadā)を授けてはならず、依止(nissaya)を与えてはならず、沙弥(sāmaṇera)を養育してはならない。その五つとは何か。信(saddhā)なく、慚(hirī)なく、愧(ottappa)なく、懈怠(kusīta)にして、念(sati)を失えるものである。 比丘たちよ、五つの徳目を具えた比丘によっては、具足戒を授けることができ、依止を与えることができ、沙弥を養育することができる。その五つとは何か。信あり、慚あり、愧あり、精進(vīriya)を発し、念を確立せるものである。 比丘たちよ、さらに他の五つの徳目を具えた比丘によっては、具足戒を授けてはならず、依止を与えてはならず、沙弥を養育してはならない。その五つとは何か。増上戒(adhisīla)において戒(sīla)を犯し、威儀(ācāra)において行儀(ācāra)を犯し、見解(diṭṭhi)において邪見(diṭṭhi)に堕し、寡聞(appassuta)にして、智慧(paññā)なきものである。 比丘たちよ、さらに他の五つの徳目を具えた比丘によっては、具足戒を授けることができ、依止を与えることができ、沙弥を養育することができる。その五つとは何か。増上戒において戒を犯さず、威儀において行儀を犯さず、見解において邪見に堕せず、多聞(bahussuta)にして、智慧あるものである。 比丘たちよ、五つの徳目を具えた比丘によっては、具足戒を授けてはならず、依止を与えてはならず、沙弥を養育してはならない。その五つとは何か。弟子(antevāsin)あるいは同住者(saddhivihārin)が病めるとき、みずから看護することも、他に看護させることもできず、不満を抱けるものを退かせることも、他をして退かせることもできず、生じたる悔恨(kukkucca)を法(dhamma)に従いて除くことができず、罪過(āpatti)を知らず、罪過よりの出離(vuṭṭhāna)を知らざるものである。
関連テーマ: ignorance teaching
導線タグ: 病気,介護,挫折,自信
⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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