律蔵 大犍度 段落187
Sace antevāsikassa kukkuccaṁ uppannaṁ hoti, ācariyena vinodetabbaṁ, vinodāpetabbaṁ, dhammakathā vāssa kātabbā. Sace antevāsikassa diṭṭhigataṁ uppannaṁ hoti, ācariyena vivecetabbaṁ, vivecāpetabbaṁ, dhammakathā vāssa kātabbā. Sace antevāsiko garudhammaṁ ajjhāpanno hoti parivāsāraho, ācariyena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho, antevāsikassa parivāsaṁ dadeyyāti. Sace antevāsiko mūlāyapaṭikassanāraho hoti, ācariyena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho antevāsikaṁ mūlāya paṭikasseyyāti. Sace antevāsiko mānattāraho hoti, ācariyena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho antevāsikassa mānattaṁ dadeyyāti. Sace antevāsiko abbhānāraho hoti, ācariyena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho antevāsikaṁ abbheyyāti.
もし弟子(アンテーヴァーシカ)に悔恨(クックッチャ)が生じたならば、師(アーチャリヤ)はこれを取り除き、取り除かしめ、また法を説いてやらなければならない。もし弟子に邪見(ディッティガタ)が生じたならば、師はこれを除き去り、除き去らしめ、また法を説いてやらなければならない。もし弟子が重戒(ガルダンマ)を犯して波利婆沙(パリヴァーサ)に値するならば、師は励んで、「いかにして僧伽(サンガ)は弟子に波利婆沙を与えてくださるであろうか」と図らなければならない。もし弟子が本日治(ムーラーヤパティカッサナ)に値するならば、師は励んで、「いかにして僧伽は弟子を本日治に引き戻してくださるであろうか」と図らなければならない。もし弟子が摩那埵(マーナッタ)に値するならば、師は励んで、「いかにして僧伽は弟子に摩那埵を与えてくださるであろうか」と図らなければならない。もし弟子が出罪(アッバーナ)に値するならば、師は励んで、「いかにして僧伽は弟子を出罪せしめてくださるであろうか」と図らなければならない。
導線タグ: 不安,師弟関係,導き,サポート,過ちの対処,精神的ケア,共同体の役割
この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?
🪷 AIブッダ 禅とは
AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。
一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。
経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。