律蔵 大犍度 段落96
dānakathaṁ sīlakathaṁ saggakathaṁ kāmānaṁ ādīnavaṁ okāraṁ saṅkilesaṁ nekkhamme ānisaṁsaṁ pakāsesi. Yadā te bhagavā aññāsi kallacitte muducitte vinīvaraṇacitte udaggacitte pasannacitte, atha yā buddhānaṁ sāmukkaṁsikā dhammadesanā, taṁ pakāsesi— dukkhaṁ, samudayaṁ, nirodhaṁ, maggaṁ. Seyyathāpi nāma suddhaṁ vatthaṁ apagatakāḷakaṁ sammadeva rajanaṁ paṭiggaṇheyya; evameva ekādasanahutānaṁ māgadhikānaṁ brāhmaṇagahapatikānaṁ bimbisārappamukhānaṁ tasmiṁyeva āsane virajaṁ vītamalaṁ dhammacakkhuṁ udapādi— “yaṁ kiñci samudayadhammaṁ sabbaṁ taṁ nirodhadhamman”ti. Ekanahutaṁ upāsakattaṁ paṭivedesi. Atha kho rājā māgadho seniyo bimbisāro diṭṭhadhammo pattadhammo viditadhammo pariyogāḷhadhammo tiṇṇavicikiccho vigatakathaṅkatho vesārajjappatto aparappaccayo satthusāsane bhagavantaṁ etadavoca— “pubbe me, bhante, kumārassa sato pañca assāsakā ahesuṁ, te me etarahi samiddhā. Pubbe me, bhante, kumārassa sato etadahosi—
〔世尊は〕布施の話(ダーナカター)、戒の話(シーラカター)、天界の話(サッガカター)を説き、欲楽の過患(ādīnava)・卑賤・汚濁と、出離(nekkhamma)の功徳とを明らかにされた。世尊は、彼らの心が用意を調え、柔軟となり、障蓋を離れ、高揚し、清浄となったと知られたとき、すなわち諸仏に固有の最勝の法の教示(sāmukkaṁsikā dhammadesanā)――苦(dukkha)・集(samudaya)・滅(nirodha)・道(magga)――を説き示された。ちょうど汚れなく清浄な布が染料を正しくよく受け取るように、まさにそのように、ビンビサーラ王を筆頭とするマガダ国の婆羅門・居士、十一万人に、その座においてただちに、塵を離れ垢を離れた法眼(dhammacakkhu)が生じた――「およそ生起する性質のあるものは、すべて滅する性質のものである」と。一万人は優婆塞(upāsaka)の境地を告知した。
かくしてマガダ国の王、セーニヤ・ビンビサーラは、法を見、法を得、法を知り、法に深く入り、疑惑(vicikicchā)を渡り越え、惑いを去り、無畏(vesārajja)を得て、師の教えについて他のものに依ることなく、世尊にこのように申し上げた。
「尊き方よ、かつて私が王子であったとき、五つの望みがありました。それらは今、成就いたしました。尊き方よ、かつて私が王子であったとき、このような思いがありました――」
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。