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幸せ vinaya 趣旨一致

律蔵 大犍度 段落60

Atha kho māro pāpimā— “jānāti maṁ bhagavā, jānāti maṁ sugato”ti dukkhī dummano tatthevantaradhāyi. Dutiyamārakathā niṭṭhitā. 11. Bhaddavaggiyavatthu Atha kho bhagavā bārāṇasiyaṁ yathābhirantaṁ viharitvā yena uruvelā tena cārikaṁ pakkāmi. Atha kho bhagavā maggā okkamma yena aññataro vanasaṇḍo tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā taṁ vanasaṇḍaṁ ajjhogāhetvā aññatarasmiṁ rukkhamūle nisīdi. Tena kho pana samayena tiṁsamattā bhaddavaggiyā sahāyakā sapajāpatikā tasmiṁ vanasaṇḍe paricārenti. Ekassa pajāpati nāhosi; tassa atthāya vesī ānītā ahosi. Atha kho sā vesī tesu pamattesu paricārentesu bhaṇḍaṁ ādāya palāyittha.
そのとき、悪魔(māra)パーピマンは、「世尊(bhagavā)は我を知っておられる、善逝(sugato)は我を知っておられる」と、苦しみ(dukkhī)悲しみ(dummano)ながら、その場に忽然と消え失せた。第二の悪魔の話、終わる。 さて世尊は、バーラーナシーにおいて思う存分に留まられてのち、ウルヴェーラーに向かって遊行(cārika)の途につかれた。 そのとき世尊は、道を外れて、ある林の茂みの方へと歩み寄られ、その林の茂みの奥深くに踏み入って、一本の樹の根方にお坐りになった。 ちょうどそのとき、三十人ほどの跋陀羅婆耆の仲間たちが、それぞれの妻を伴って、その林の茂みにて遊び楽しんでいた。そのうちの一人には妻がなく、その者のために遊女(vesī)が連れてこられていた。ところがその遊女は、彼らが油断して遊び興じている隙に、財物(bhaṇḍa)を持ち逃げして去ってしまった。
関連テーマ: 幸せ 渇愛 執着 智慧
導線タグ: 享楽,快楽の落とし穴,不注意,執着,所有物の喪失,仲間との遊び,悪の気づき
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,希死念慮の場面では使わない

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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