律蔵 大犍度 段落33
Viññāṇañca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissa, nayidaṁ viññāṇaṁ ābādhāya saṁvatteyya, labbhetha ca viññāṇe— ‘evaṁ me viññāṇaṁ hotu, evaṁ me viññāṇaṁ mā ahosī’ti. Yasmā ca kho, bhikkhave, viññāṇaṁ anattā, tasmā viññāṇaṁ ābādhāya saṁvattati, na ca labbhati viññāṇe— ‘evaṁ me viññāṇaṁ hotu, evaṁ me viññāṇaṁ mā ahosī’ti. Taṁ kiṁ maññatha, bhikkhave, rūpaṁ niccaṁ vā aniccaṁ vā”ti? “Aniccaṁ, bhante”. “Yaṁ panāniccaṁ dukkhaṁ vā taṁ sukhaṁ vā”ti? “Dukkhaṁ, bhante”. “Yaṁ panāniccaṁ dukkhaṁ vipariṇāmadhammaṁ, kallaṁ nu taṁ samanupassituṁ— etaṁ mama, esohamasmi, eso me attā”ti?
「比丘たちよ、もしこの識(ヴィジュニャーナ)が我(アッター)であるならば、この識は悩み苦しむことへと向かうことはないであろう。また、識について、『かくあれ、わが識よ。かくあらざれ、わが識よ』と得ることができるであろう。しかるに比丘たちよ、識は無我(アナッター)であるがゆえに、識は悩み苦しむことへと向かうのである。そして識について、『かくあれ、わが識よ。かくあらざれ、わが識よ』と得ることはできないのである。
比丘たちよ、汝らはいかに思うか。色(ルーパ)は常住(ニッチャ)であるか、それとも無常(アニッチャ)であるか」と。
「無常にございます、世尊よ」。
「では、無常なるものは苦(ドゥッカ)であるか、それとも楽(スッカ)であるか」と。
「苦にございます、世尊よ」。
「では、無常であり、苦であり、変滅する性質(ヴィパリナーマ・ダンマ)を有するものを、『これはわがものである、これはわれである、これはわが我(アッター)である』と観ることは、果たして適当なことであろうか」と。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。