律蔵 大犍度 段落29
Sāva tassa āyasmato upasampadā ahosi. Atha kho bhagavā tadavasese bhikkhū dhammiyā kathāya ovadi anusāsi. Atha kho āyasmato ca vappassa āyasmato ca bhaddiyassa bhagavatā dhammiyā kathāya ovadiyamānānaṁ anusāsiyamānānaṁ virajaṁ vītamalaṁ dhammacakkhuṁ udapādi— “yaṁ kiñci samudayadhammaṁ sabbaṁ taṁ nirodhadhamman”ti. Te diṭṭhadhammā pattadhammā viditadhammā pariyogāḷhadhammā tiṇṇavicikicchā vigatakathaṅkathā vesārajjappattā aparappaccayā satthusāsane bhagavantaṁ etadavocuṁ— “labheyyāma mayaṁ, bhante, bhagavato santike pabbajjaṁ, labheyyāma upasampadan”ti. “Etha bhikkhavo”ti bhagavā avoca— “svākkhāto dhammo, caratha brahmacariyaṁ sammā dukkhassa antakiriyāyā”ti. Sāva tesaṁ āyasmantānaṁ upasampadā ahosi. Atha kho bhagavā tadavasese bhikkhū nīhārabhatto dhammiyā kathāya ovadi anusāsi.
それが、その尊者(āyasmā)の具足戒(upasampadā)となった。
そこで世尊(Bhagavā)は、残りの比丘(bhikkhu)たちを法(dhamma)にかなう話(dhammī kathā)をもって教え諭された。
そして、尊者ヴァッパ(Vappa)と尊者バッディヤ(Bhaddiya)は、世尊によって法にかなう話をもって教え諭されつつあるうちに、塵を離れ垢を離れた法眼(dhammacakkhu)が生じた——「およそ生起する性質(samudayadhamma)のあるものは、すべて滅する性質(nirodhadhamma)のものである」と。
彼らは、法を見た者となり、法を得た者となり、法を知った者となり、法に深く入った者となり、疑惑(vicikicchā)を渡り越え、疑念を去り、確信(vesārajja)に達し、師の教えにおいて他に依ることなく、世尊にこのように申し上げた——「尊者よ、願わくば我々は世尊のもとにおいて出家(pabbajjā)を得たく、また具足戒を得たく存じます」と。
世尊は仰せられた——「来たれ、比丘たちよ。法は善く説かれた(svākkhāta)。苦(dukkha)の完全な終滅(antakiriyā)のために、正しく梵行(brahmacariya)を歩め」と。
それが、その尊者たちの具足戒となった。
そこで世尊は、残りの比丘たちを、托鉢して戻られた後、法にかなう話をもって教え諭された。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。