律蔵 大犍度 段落7
kāmānaṁ samatikkamo; Asmimānassa yo vinayo, etaṁ ve paramaṁ sukhan”ti. Mucalindakathā niṭṭhitā. 4. Rājāyatanakathā Atha kho bhagavā sattāhassa accayena tamhā samādhimhā vuṭṭhahitvā mucalindamūlā yena rājāyatanaṁ tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā rājāyatanamūle sattāhaṁ ekapallaṅkena nisīdi vimuttisukhapaṭisaṁvedī. Tena kho pana samayena tapussa bhallikā vāṇijā ukkalā taṁ desaṁ addhānamaggappaṭipannā honti. Atha kho tapussabhallikānaṁ vāṇijānaṁ ñātisālohitā devatā tapussabhallike vāṇije etadavoca— “ayaṁ, mārisā, bhagavā rājāyatanamūle viharati paṭhamābhisambuddho; gacchatha taṁ bhagavantaṁ manthena ca madhupiṇḍikāya ca patimānetha;
「欲(かま)を超え、
我慢(あすみーな)を調伏する、
これぞまことの最上の安楽なり」
――ムチャリンダの話、ここに終わる。
さて、世尊は七日が過ぎて、その三昧(さまーでぃ)より出定し、ムチャリンダの根元を離れて、ラージャーヤタナの樹のもとに赴かれた。赴かれてのち、ラージャーヤタナの樹の根元にて、七日のあいだ、一つの結跏趺坐(いっかふざ)のまま坐し、解脱の楽(たのしみ)をまのあたりに受けておられた。
そのころ、タプッサとバッリカーという二人の商人が、ウッカラの地より、その地方への旅路(たびじ)にかかっていた。
そこに、タプッサとバッリカーという商人たちの縁者(えんじゃ)にして血族(ちぞく)なる天神(てんじん)が、かの商人たちにこのように告げた。
「尊きかたがたよ、世尊はいまラージャーヤタナの樹の根元に住しておられる。正覚(しょうがく)を開かれてまもなき御方である。参じて、麦焦がし(まんてな)と蜜団子(みつだんご)とをもって、その世尊を敬い供養(くよう)せよ」と。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。