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慈悲 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN34 §1.7.68–1.7.77)

Nissaraṇaṁ hetaṁ, āvuso, vicikicchākathaṅkathāsallassa, yadidaṁ asmimānasamugghāto’ti. Puna caparaṁ, āvuso, bhikkhuno mettaṁ manokammaṁ …pe… ekībhāvāya saṁvattati. Katame cha dhammā uppādetabbā? Cha satatavihārā. Idhāvuso, bhikkhu cakkhunā rūpaṁ disvā neva sumano hoti na dummano, upekkhako viharati sato sampajāno. Sotena saddaṁ sutvā …pe… ghānena gandhaṁ ghāyitvā … jivhāya rasaṁ sāyitvā … kāyena phoṭṭhabbaṁ phusitvā … manasā dhammaṁ viññāya neva sumano hoti na dummano, upekkhako viharati sato sa
For it is the uprooting of the conceit “I am” that is the escape from the dart of doubt and indecision.’ Furthermore, a mendicant consistently treats their spiritual companions with mental kindness. <em>What six things should be produced?</em> Six consistent responses. A mendicant, seeing a sight with their eyes, is neither happy nor sad. They remain equanimous, mindful and aware. Hearing a sound with their ears … Smelling an odor with their nose … Tasting a flavor with their tongue … Feeling a
「我あり」という慢心(アスミマーナ)を根絶することこそ、疑惑と迷いの矢(ヴィチキッチャー)から脱する道である。』 さらにまた、比丘(びく)は、つねに同修の行者たちに対して、慈しみの心(メッター)をもって接するのである。 いかなる六つの法を生起すべきか。六つの恒常なる住処(サタタヴィハーラ)である。 すなわち、この教えにおいて、比丘は眼をもって色(かたち)を見ても、喜びもせず悲しみもせず、念(ねん)と正知(しょうち)をそなえて、捨(うぺっか・平静)のうちに住する。耳をもって声を聞いても……鼻をもって香を嗅いでも……舌をもって味を味わっても……身をもって触を感じても……意(こころ)をもって法(ダンマ)を識っても、喜びもせず悲しみもせず、念と正知をそなえて、捨のうちに住するのである。
関連テーマ: 正念 慈悲 自己 執着
導線タグ: 感情に振り回される,平静心,感覚への執着,自我意識,慢心,自己中心,対人関係
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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