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老い 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN33 §2.2.84–2.2.94)

Idha panāvuso, bhikkhu evaṁ vadeyya: ‘muditā hi kho me cetovimutti bhāvitā bahulīkatā yānīkatā vatthukatā anuṭṭhitā paricitā susamāraddhā. Atha ca pana me arati cittaṁ pariyādāya tiṭṭhatī’ti, so ‘mā hevan’tissa vacanīyo ‘māyasmā evaṁ avaca, mā bhagavantaṁ abbhācikkhi, na hi sādhu bhagavato abbhakkhānaṁ, na hi bhagavā evaṁ vadeyya. cakkhuviññāṇaṁ, sotaviññāṇaṁ, ghānaviññāṇaṁ, jivhāviññāṇaṁ, kāyaviññāṇaṁ, manoviññāṇaṁ. Nissaraṇaṁ hetaṁ, āvuso, aratiyā, yadidaṁ muditā cetovimuttī’ti. Idha panāvuso,
Take another mendicant who says: ‘I’ve developed the heart’s release by rejoicing. I’ve cultivated it, made it my vehicle and my basis, kept it up, consolidated it, and properly implemented it. Yet somehow discontent still occupies my mind.’ They should be told, ‘Not so, venerable! … eye, ear, nose, tongue, body, and mind consciousness. For it is the heart’s release by rejoicing that is the escape from discontent.’ Take another mendicant who says: ‘I’ve developed the heart’s release by equanimit
またここに、ある比丘がこのように言うとします。「わたしは喜(ムディター)による心解脱(チェートーヴィムッティ)を修め、繰り返し修め、乗り物となし、基盤となし、確立し、練磨し、よく遂行してきた。しかるに、それでもなお、厭離(アラティ)の念がわが心を覆って離れないのだ」と。 その者に対しては、こう告げなければなりません。「尊者よ、そのようには言わないでください。世尊を誹謗することなかれ。世尊を誹謗することは善いことではありません。世尊はそのようにはお説きになりません。友よ、眼識(チャックヴィンニャーナ)・耳識・鼻識・舌識・身識・意識(マノーヴィンニャーナ)――これらあるところに、まさに喜による心解脱こそが、厭離からの出離(ニッサラナ)なのです」と。 またここに、ある比丘がこのように言うとします。「わたしは捨(ウペッカー)による心解脱を修め……
関連テーマ: 苦しみ 正念 幸せ 自己
導線タグ: 修行の壁,心の覆い,厭離感,倦怠感,実践と理論のギャップ,慈悲の瞑想,心の解放
⚠ 出家者向けの文脈

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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