苦しみ
長部経典
趣旨一致
長部経典(DN33 §2.1.98–2.2.106)
pleasure, pain, happiness, sadness, and equanimity. <em>Another five faculties:</em> 6. Sixes There are teachings grouped by six that have been rightly explained by the Buddha. <em>Six classes of contact:</em> Yet somehow my consciousness still follows after signs.’ They should be told, ‘Not so, venerable! … For it is the signless release of the heart that is the escape from all signs.’ Take another mendicant who says: ‘I’m rid of the conceit “I am”. And I don’t regard anything as “I am this”.
楽受(スカ)の根、苦受(ドゥッカ)の根、喜(ソーマナッサ)の根、憂(ドーマナッサ)の根、捨(ウペッカー)の根。さらにまた五つの根がある。
六(cha)
友よ、かの世尊――知れる者、見たる者、阿羅漢(アラハント)、正等覚者(サンマーサンブッダ)――によって、六つの法が正しく説き示された。
六つの触の類(cha phassakāyā):
「それにもかかわらず、わが識(ヴィンニャーナ)は依然として相(ニミッタ)を追い求めている」と言う者がいる。その者に対して、こう告げるべきである。「尊者よ、そのように言ってはなりません。世尊を誹謗してはなりません。世尊を誹謗することはよいことではなく、世尊はそのようには説かれていないからです。友よ、すべての相からの出離(ニッサラナ)とは、まさにこの無相の心解脱(アニミッター・チェートーヴィムッティ)に他なりません」
また、ここに別のある比丘がこのように言う。「わたしは『われあり』という慢(マーナ)をすでに捨て去った。また、いかなるものについても『これがわれである』と見做すことはない」と。