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自己 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN29 §34.23–35.10)

sayaṅkatañca paraṅkatañca sukhadukkhaṁ … asayaṅkāraṁ aparaṅkāraṁ adhiccasamuppannaṁ sukhadukkhaṁ, idameva saccaṁ moghamaññan’ti. Yepi te, cunda, aparantasahagatā diṭṭhinissayā, tepi vo mayā byākatā, yathā te byākātabbā. Yathā ca te na byākātabbā, kiṁ vo ahaṁ te tathā byākarissāmi? Katame ca te, cunda, pubbantasahagatā diṭṭhinissayā, ye vo mayā byākatā, yathā te byākātabbā. Santi kho, cunda, eke samaṇabrāhmaṇā evaṁvādino evaṁdiṭṭhino: ‘sassato attā ca loko ca, idameva saccaṁ moghamaññan’ti. Santi
or made by both oneself and another, or they have arisen anomalously, not made by oneself or another. This is the only truth, anything else is futile.’ I have explained to you as they should be explained the views that some rely on regarding the final end. Shall I explain them to you in the wrong way? What are the views that some rely on regarding the first beginning? There are some ascetics and brahmins who have this doctrine and view: ‘The self and the cosmos are eternal. This is the only trut
あるいは自己と他者の両方によって作られたものであり、あるいは自己によって作られたのでも他者によって作られたのでもなく、偶然に生起したものである、と主張する者がいる。「これのみが真実であり、他はすべて虚妄(もがま)である」と。 チュンダよ、後際(aparanta・あぱらんた)に関わる見の拠り所(diṭṭhinissaya・でぃっていにっさや)についても、わたしはすでにそれらを、説明されるべきように汝らに説明した。では、説明されるべきでないやり方で、わたしがそれらを汝らに説明するであろうか。それはありえない。 では、チュンダよ、前際(pubbanta・ぷっばんた)に関わる見の拠り所として、わたしが汝らに説明したものとはいかなるものか。 チュンダよ、このような説を唱え、このような見解を持つ沙門・婆羅門(samaṇabrāhmaṇa・さまなばらもな)たちがいる。「自我(attā・あったー)と世界(loka・ろーか)は常住(sassata・さっさた)である。これのみが真実であり、他はすべて虚妄である」と。
関連テーマ: self_mastery

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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