← 経典データベースに戻る 「智慧」の偈句一覧
智慧 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN29 §16.22–17.2)

Idaṁ vuccati, cunda: ‘passaṁ na passatī’ti. Yaṁ kho taṁ, cunda, sammā vadamāno vadeyya: ‘sabbākārasampannaṁ sabbākāraparipūraṁ anūnamanadhikaṁ svākkhātaṁ kevalaṁ paripūraṁ brahmacariyaṁ suppakāsitan’ti. Idameva taṁ sammā vadamāno vadeyya: Udako sudaṁ, cunda, rāmaputto evaṁ vācaṁ bhāsati: ‘passaṁ na passatī’ti. 6. Saṅgāyitabbadhamma Tasmātiha, cunda, ye vo mayā dhammā abhiññā desitā, tattha sabbeheva saṅgamma samāgamma atthena atthaṁ byañjanena byañjanaṁ saṅgāyitabbaṁ na vivaditabbaṁ, yathayidaṁ
Thus it is rightly said: ‘Seeing, one does not see.’ And if there’s any spiritual path of which it may be rightly said that it’s endowed with all good qualities, complete in all good qualities, neither too little nor too much, well explained, whole, full, and well propounded, it’s of this spiritual path that this should be said. Uddaka son of Rāma used to say: ‘Seeing, one does not see.’ 6. Teachings Should be Recited in Concert So, Cunda, you should all come together and recite in concert, with
かくして、チュンダよ、「見ながらにして見ず」とはかくのごとき意味において正しく語られるのである。 いかなる梵行(ぼんぎょう)について、「あらゆる点において円満具足し、あらゆる点において完全に満ち足り、過不足なく、善く説かれ、完全にして充実し、善く開示されたり」と正しく語り得るとするならば、まさにこの梵行についてこそ、そのように語るべきであろう。かつてウッダカ・ラーマプッタは「見ながらにして見ず」という言葉を語ったのである。 六 法は和合して誦すべし(サンガーヤナ) されば、チュンダよ、わたしが直知(アビンニャー)によって汝らに説き示したる諸法(ほう)については、汝らはことごとく集い和合して、その義(ぎ)をもって義に対し、その文(もん)をもって文に対し、声を合わせて誦すべし。諍論すべきことなし。この法と律とが久しく住し、長く存続するは、多くの人々の利益のため、多くの人々の安楽のため、世間を憐れむがゆえに、天と人との義と利と安楽とのためである——
関連テーマ: 智慧 慈悲
導線タグ: 教えの伝承,仲間との調和,真理の探求,修行の意味,共同体,対話と理解,教えを守る

この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?

LINEで相談する App Storeでダウンロード

🪷 AIブッダ 禅とは

AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。

一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。

10,000+
収録偈句
18
経典
20
テーマ
CC0
ライセンス

経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

全偈句一覧 苦しみ 智慧 怒り 執着 慈悲 正念

© 2026 AIブッダ 禅経典データベース仏陀の教えブログ