← 経典データベースに戻る 「智慧」の偈句一覧
智慧 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN25 §23.16–23.3)

Akusalā ceva vo te dhammā hontu akusalasaṅkhātā ca sācariyakānaṁ. Siyā kho pana te, nigrodha, evamassa: ‘ye no dhammā kusalā kusalasaṅkhātā sācariyakānaṁ, tehi vivecetukāmo samaṇo gotamo evamāhā’ti. Na kho panetaṁ, nigrodha, evaṁ daṭṭhabbaṁ. ‘antevāsikamyatā no samaṇo gotamo evamāhā’ti. Kusalā ceva vo te dhammā hontu kusalasaṅkhātā ca sācariyakānaṁ. Iti khvāhaṁ, nigrodha, neva antevāsikamyatā evaṁ vadāmi, napi uddesā cāvetukāmo evaṁ vadāmi, napi ājīvā cāvetukāmo evaṁ vadāmi, napi ye vo dhammā ak
Let those things that are unskillful and considered unskillful in your tradition remain as they are. You might think, ‘The ascetic Gotama speaks like this because he wants us to stop doing things that are skillful and considered skillful in our tradition.’ But you should not see it like this. ‘The ascetic Gotama speaks like this because he wants pupils.’ Let those things that are skillful and considered skillful in your tradition remain as they are. I do not speak for any of these reasons. Nigro
「ニグローダよ、汝らの法(ダンマ)のうち、不善(あくぜん)にして、師伝の教えにおいても不善と見なされるものは、そのままにしておくがよい。されど、汝はこのように思うかもしれぬ。『われらの法のうち、善(ぜん)にして、師伝の教えにおいても善と見なされるものより、われらを離れしめんがために、沙門ゴータマはかく語るのであろう』と。しかし、ニグローダよ、そのように見てはならぬ。また、汝はこのように思うかもしれぬ。『沙門ゴータマは弟子を得んがために、かく語るのであろう』と。汝らの法のうち、善にして、師伝の教えにおいても善と見なされるものは、そのままにしておくがよい。ニグローダよ、われは弟子を求めんがためにかく語るのでもなく、汝らに教説(うでさ)を捨てしめんがためにかく語るのでもなく、汝らの生活の資(よすが)を奪わんがためにかく語るのでもなく、また汝らの法のうち不善なるものを……」
関連テーマ: 智慧 自己 人間関係
導線タグ: 先入観,偏見,疑い,相手の意図,素直に聞けない,固定観念,対話

この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?

LINEで相談する App Storeでダウンロード

🪷 AIブッダ 禅とは

AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。

一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。

10,000+
収録偈句
18
経典
20
テーマ
CC0
ライセンス

経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

全偈句一覧 苦しみ 智慧 怒り 執着 慈悲 正念

© 2026 AIブッダ 禅経典データベース仏陀の教えブログ