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自己 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN24 §2.20.16–2.20.5)

Taṁ kissa hetu? Ahañhi pubbe nāhosiṁ, somhi etarahi ahutvā santatāya pariṇato’ti. ‘Evaṁvihitakaṁ no tumhe āyasmanto adhiccasamuppannaṁ ācariyakaṁ aggaññaṁ paññapethā’ti? Te evamāhaṁsu: Tyāhaṁ upasaṅkamitvā evaṁ vadāmi: ‘evaṁ kho no, āvuso gotama, sutaṁ yathevāyasmā gotamo āhā’ti. Aggaññañcāhaṁ, bhaggava, pajānāmi tañca pajānāmi, tato ca uttaritaraṁ pajānāmi, tañca pajānaṁ na parāmasāmi, aparāmasato ca me paccattaññeva nibbuti viditā. ‘saccaṁ kira tumhe āyasmanto adhiccasamuppannaṁ ācariyakaṁ agg
Why is that? Because formerly I didn’t exist, whereas now, having not existed, I’ve transformed into the state of existing.” Is this how you describe in your tradition that the origin of the world came about anomalously?’ They say, I go up to them and say, ‘That is what we have heard, Reverend Gotama, just as you say.’ I understand this, and what goes beyond it. Yet since I do not misapprehend that understanding, I have realized quenching within myself. Directly knowing this, the Realized One do
なぜそうなのか。かつて私は存在しなかった、しかるに今、存在しなかったものとして、存在という状態へと転じたのである」と。このように、尊き方々よ、あなたがたはその師の教えとして、世界の起源が無因(アディッチャサムッパンナ)より生じたと説かれるのか』と。彼らは答えた。そこで私は彼らのもとへ赴き、こう申す。『友よ、ゴータマ尊者よ、私どもが聞き及んでいることは、まさにゴータマ尊者が仰せになる通りでございます』と。 バッガヴァよ、私はこの世界の起源(アッガンニャ)を知っている。そしてそれを知り、さらにそれを超えたところをも知っている。しかして、その知をもって執著(パラーマーサ)することなく、執著なきがゆえに、私は己が内に涅槃(ニッバーナ)の静寂を親しく証得したのである。 尊き方々よ、あなたがたはまことに、無因より世界が生じたとする師の教えを……
関連テーマ: 自己 智慧 執着
導線タグ: 自己とは何か,執着を手放す,悟り,存在の意味,自分探し,心の平静,無執着

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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