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自己 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN24 §2.14.1–2.14.6)

Aggaññañcāhaṁ, bhaggava, pajānāmi. Tesāhaṁ puṭṭho byākaromi: ‘Hoti kho so, āvuso, samayo yaṁ kadāci karahaci dīghassa addhuno accayena ayaṁ loko saṁvaṭṭati. Saṁvaṭṭamāne loke yebhuyyena sattā ābhassarasaṁvattanikā honti. Te tattha honti manomayā pītibhakkhā sayaṁpabhā antalikkhacarā subhaṭṭhāyino ciraṁ dīghamaddhānaṁ tiṭṭhanti. Tañca pajānāmi, tato ca uttaritaraṁ pajānāmi, tañca pajānaṁ na parāmasāmi, aparāmasato ca me paccattaññeva nibbuti viditā, yadabhijānaṁ tathāgato no anayaṁ āpajjati. Sant
Bhaggava, I understand the origin of the world. So I answer them, ‘There comes a time when, reverends, after a very long period has passed, this cosmos contracts. As the cosmos contracts, sentient beings are mostly headed for the realm of streaming radiance. There they are mind-made, feeding on rapture, self-luminous, wandering in midair, steadily glorious, and they remain like that for a very long time. I understand this, and what goes beyond it. Yet since I do not misapprehend that understandi
「バッガヴァよ、わたしは世界の起源を知っている。それゆえ、そのように問われたとき、わたしはこのように答える。 『友よ、はるかに長い時の流れが過ぎ去ったのち、この世界(ロカ)が収縮する時が来る。世界が収縮するにつれて、衆生(サッタ)の多くは光音天(アーバッサラ)へと向かう定めとなる。かの界において、彼らは意によって生まれ(マノーマヤ)、喜悦(ピーティ)を食(じき)とし、自ら光を放ち、虚空を自在に遊行し、清浄なる光輝のうちに安住して、はるかに長い歳月をそのままに過ごす。 わたしはこのことを知っており、さらにそれを超えたところにあるものをも知っている。しかるに、かかる知解に対してわたしは執著(パラーマーサ)せず、執著なきがゆえに、内なる安寧(ニッブティ)がおのずから証知される。かくのごとく正しく知ることによって、如来(タターガタ)は衰滅に陥ることがない。』」
関連テーマ: 自己 智慧 執着 無常
導線タグ: 執着を手放す,内なる平和,知識への固執,自己の本質,精神的安定,悟り,こだわりを捨てる

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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