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幸せ 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN24 §2.10.4–2.12.1)

Kaṭasīsu khittāni ca koṇapāni; Mahāvane suññavane vivaḍḍho, Amaññi kotthu migarājāhamasmi; Tatheva so siṅgālakaṁ anadi, Ke ca chave siṅgāle ke pana sīhanādeti. Evameva kho tvaṁ, āvuso pāthikaputta, sugatāpadānesu jīvamāno sugatātirittāni bhuñjamāno tathāgate arahante sammāsambuddhe āsādetabbaṁ maññasi. Yato kho, bhaggava, jāliyo dārupattikantevāsī imināpi opammena neva asakkhi acelaṁ pāthikaputtaṁ tamhā āsanā cāvetuṁ. Atha taṁ parisaṁ āgantvā evamārocesi: ‘parābhūtarūpo, bho, acelo pāthikaputto
and carcasses tossed in the cemetery, thriving in the great, empty wood, the jackal presumed “I’m the king of the beasts!” But he actually only managed to yelp, and what’s a sad jackal’s squeal to the roar of a lion? In the same way, reverend, while living off the leavings of the Holy One, enjoying the leftovers of the Holy One, you presume to attack the Realized One, the perfected one, the fully awakened Buddha! When Jāliya couldn’t get Pāṭikaputta to shift from his seat even with this simile,
墓場に投げ捨てられた死骸をあさり、広大な人気なき森の中で肥え太り、ある野干(やかん)が「われこそは獣の王なり」と思い上がった。されどその声は所詮ほえ声にもならぬ叫びにすぎず、哀れな野干の遠吠えが、獅子の咆哮(ほうこう)にいかで及ぼうや。それと同じく、友よ、パーティカプッタよ、善逝(ぜんぜい・スガタ)の遺されたものを糧として生き、善逝の残り物を享受しながら、如来(にょらい)・応供(おうぐ)・正等覚者(しょうとうかくしゃ)に敵対しようと思い上がるとは。バッガヴァよ、ダールパッティカの弟子ジャーリヤは、この譬えをもってしても、裸形の行者(むじゃ)パーティカプッタをその座より立たしめることとうとうかなわなかった。そこで彼は集会のもとに戻り、こう告げた。「諸賢よ、裸形の行者パーティカプッタは、すでに敗れたる者の姿となっておられます」と。
関連テーマ: 自己 智慧 苦しみ
導線タグ: 思い上がり,プライド,自己過信,虚栄心,競争心,劣等感,自分の限界
⚠ 出家者向けの文脈

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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