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苦しみ 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN23 §25.13–25.7)

‘Tumhe khvettha, bhaṇe, ummattā, tumhe vicetā, tathā hi pana me sūkarabhattan’ti. Evameva kho tvaṁ, rājañña, gūthabhārikūpamo maññe paṭibhāsi. Paṭinissajjetaṁ, rājañña, pāpakaṁ diṭṭhigataṁ; paṭinissajjetaṁ, rājañña, pāpakaṁ diṭṭhigataṁ. Mā te ahosi dīgharattaṁ ahitāya dukkhāyā”ti. Upamāya m’idhekacce viññū purisā bhāsitassa atthaṁ ājānanti. Bhūtapubbaṁ, rājañña, aññataro sūkaraposako puriso sakamhā gāmā aññaṁ gāmaṁ agamāsi. Tattha addasa pahūtaṁ sukkhagūthaṁ chaḍḍitaṁ. Disvānassa etadahosi: ‘aya
‘You’re the mad ones, sirs! You’re the ones who’ve lost your minds! For this will serve as food for my pigs.’ In the same way, chieftain, you seem like the dung carrier in the simile. Let go of this harmful misconception, chieftain, let go of it! Don’t create lasting harm and suffering for yourself!” For by means of a simile some sensible people understand the meaning of what is said. Once upon a time, a certain swineherd went from his own village to another village. There he saw a large pile of
「お前たちこそ狂っておるのじゃ、皆の者よ!お前たちこそ正気を失っておるのじゃ!これはわが豚の餌になるわい。」――族長よ、まさにそのように、そなたは譬えの中の糞を担ぐ者のごとくに見受けられるのです。その邪悪な見解(ディッティ)を捨て去りなさい、族長よ、その邪悪な見解を捨て去りなさい!長きにわたってそなた自身の損害と苦(ドゥッカ)となるものを、招いてはなりませぬぞ。」 譬えによってこそ、ここに一部の賢明なる人々は、語られたことの意味を了解するのであります。 族長よ、かつてのこと、ある豚飼いの男が、自分の村から別の村へと出かけて行きました。そこで彼は、大量の乾いた糞が捨て置かれているのを目にしました。それを見て、彼はこのように思ったのでした。「これは……」
関連テーマ: 苦しみ 智慧 執着 自己
導線タグ: 間違った考え方,固執,邪見,苦しみの原因,思い込み,視野の狭さ,執着を手放す

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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