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正念 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN22 §8.5–9.4)

Evampi kho, bhikkhave, bhikkhu kāye kāyānupassī viharati. Puna caparaṁ, bhikkhave, bhikkhu seyyathāpi passeyya sarīraṁ sivathikāya chaḍḍitaṁ aṭṭhikasaṅkhalikaṁ samaṁsalohitaṁ nhārusambandhaṁ …pe… Aṭṭhikasaṅkhalikaṁ nimaṁsalohitamakkhitaṁ nhārusambandhaṁ …pe… Aṭṭhikasaṅkhalikaṁ apagatamaṁsalohitaṁ nhārusambandhaṁ …pe… Aṭṭhikāni apagatasambandhāni disā vidisā vikkhittāni, aññena hatthaṭṭhikaṁ aññena pādaṭṭhikaṁ aññena gopphakaṭṭhikaṁ aññena jaṅghaṭṭhikaṁ aññena ūruṭṭhikaṁ aññena kaṭiṭṭhikaṁ aññena
That too is how a mendicant meditates by observing an aspect of the body. Furthermore, suppose they were to see a corpse discarded in a charnel ground, a skeleton with flesh and blood, held together by sinews … A skeleton without flesh but smeared with blood, and held together by sinews … A skeleton rid of flesh and blood, held together by sinews … Bones rid of sinews, scattered in every direction. Here a hand-bone, there a foot-bone, here an ankle bone, there a shin-bone, here a thigh-bone, the
このようにして、比丘たちよ、比丘は身(かだら)について身を観察しながら住する(kāyānupassī viharati)のである。 さらにまた、比丘たちよ、比丘が、あたかも墓場(sivathikā)に捨てられた屍体を見るとしよう。それは肉と血とをまとい、筋(nhāru)によって繋ぎ止められた骨の連なり(aṭṭhikasaṅkhalikā)である……。また、肉はなく血の跡のみが付着し、筋によって繋ぎ止められた骨の連なりである……。また、肉も血もなく、ただ筋によって繋ぎ止められた骨の連なりである……。また、筋の繋がりも解け果て、四方八方に散り乱れた骨々である。ここには手の骨があり、かしこには足の骨があり、ここには踝(くるぶし)の骨があり、かしこには脛(すね)の骨があり、ここには腿(もも)の骨があり、かしこには腰の骨があり、
関連テーマ: 無常 正念 苦しみ
導線タグ: 死への恐怖,無常,身体への執着,老い,死体,肉体の崩壊,存在の儚さ
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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