← 経典データベースに戻る 「幸せ」の偈句一覧
幸せ 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN21 §2.3.29–2.3.4)

‘imaṁ kho me upekkhaṁ sevato akusalā dhammā parihāyanti, kusalā dhammā abhivaḍḍhantī’ti, evarūpā upekkhā sevitabbā. “Somanassampāhaṁ, devānaminda, duvidhena vadāmi— Tattha yañce savitakkaṁ savicāraṁ, yañce avitakkaṁ avicāraṁ, ye avitakke avicāre, te paṇītatare. Upekkhampāhaṁ, devānaminda, duvidhena vadāmi sevitabbampi, asevitabbampīti Evaṁ paṭipanno kho, devānaminda, bhikkhu papañcasaññāsaṅkhānirodhasāruppagāminiṁ paṭipadaṁ paṭipanno hotī”ti. Itthaṁ bhagavā sakkassa devānamindassa pañhaṁ puṭṭho
‘When I cultivate this kind of equanimity, unskillful qualities decline, and skillful qualities grow.’ You should cultivate that kind of equanimity. “Lord of gods, there are two kinds of happiness, I say: And that which is free of placing the mind and keeping it connected is better than that which still involves placing the mind and keeping it connected. That’s why I said there are two kinds of equanimity. That’s how a mendicant fittingly practices for the cessation of judgments driven by the pr
「この捨(うぺっくはー)を修することによって、不善の法(あくさらだんまー)は退き、善の法(くさらだんまー)は増大する」と知るならば、かかる捨はまさに修すべきである。 「神々の主よ、われは喜(そーまなっさ)を二種に説く。そのうち、尋(ゔぃたっか)と伺(ゔぃちゃーら)を伴うものと、尋と伺を伴わぬものとがあり、尋と伺を離れたるものは、より優れたるものである。 神々の主よ、われは捨もまた二種に説く——修すべきものと、修すべからざるものとを。 かくのごとく修道を歩む比丘(びっく)は、戯論想行(ぱぱんちゃさんにゃーさんカーニ)の滅尽(めつじん)へと相応う道を歩む者となるのである。」 このように世尊は、神々の主たるサッカの問いに答えたまえり。
関連テーマ: 幸せ 智慧 正念 自己
導線タグ: 心の平静,喜び,精神修養,煩悩,瞑想,内なる平和,執着からの解放
⚠ 出家者向けの文脈

この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?

LINEで相談する App Storeでダウンロード

🪷 AIブッダ 禅とは

AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。

一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。

10,000+
収録偈句
18
経典
20
テーマ
CC0
ライセンス

経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

全偈句一覧 苦しみ 智慧 怒り 執着 慈悲 正念

© 2026 AIブッダ 禅経典データベース仏陀の教えブログ