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人間関係 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN16 §4.27.6–4.29.2)

‘Kiṁ pana, bhante, saddaṁ assosī’ti? ‘Na kho ahaṁ, āvuso, saddaṁ assosin’ti. ‘Kiṁ pana, bhante, sutto ahosī’ti? ‘Na kho ahaṁ, āvuso, sutto ahosin’ti. “Taṁ kiṁ maññasi, pukkusa, katamaṁ nu kho dukkarataraṁ vā durabhisambhavataraṁ vā— yo vā saññī samāno jāgaro pañcamattāni sakaṭasatāni nissāya nissāya atikkantāni neva passeyya, na pana saddaṁ suṇeyya; yo vā saññī samāno jāgaro deve vassante deve gaḷagaḷāyante vijjullatāsu niccharantīsu asaniyā phalantiyā neva passeyya, na pana saddaṁ suṇeyyā”ti? “
‘But sir, didn’t you hear a sound?’ ‘No, respectable sir, I didn’t hear a sound.’ ‘But sir, were you asleep?’ ‘No, friend, I wasn’t asleep.’ “What do you think, Pukkusa? Which is harder and more challenging to do while conscious and awake: to neither see nor hear a sound as five hundred carts pass by right next to you? Or to neither see nor hear a sound as the heavens are raining and pouring, lightning’s flashing, and thunder’s cracking?” “What do five hundred carts matter, or six hundred, or se
「しかし、尊者よ、あなたは物音をお聞きになりましたか?」「いいえ、友よ、私は物音を聞きませんでした。」「では、尊者よ、あなたはお眠りになっておられたのですか?」「いいえ、友よ、私は眠っておりませんでした。」 「プッカサよ、あなたはどのようにお考えになりますか。次の二つのうち、いずれがより難しく、より成し遂げがたいことであるでしょうか。――正知(サンニャー)あり、目覚めたる者として、五百台もの荷車が傍らを次々と通り過ぎゆくのを、目にも見ず、耳にも聞かずにいること。それとも、正知あり、目覚めたる者として、天が雨を降らせ、天が轟き渡り、稲妻が閃き走り、雷霆(らいてい)が砕け落ちるときに、目にも見ず、耳にも聞かずにいること。――いずれがより難しく、より成し遂げがたいことでありましょうか?」「五百台の荷車が何でありましょう、六百台、いや七百台が何でありましょう――」
関連テーマ: 智慧 正念 自己
導線タグ: 集中力,雑念,動じない,心の平静,精神的な強さ,瞑想,感覚の制御

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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