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自己 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN16 §3.48.1–3.49.1)

Nanu etaṁ, ānanda, mayā paṭikacceva akkhātaṁ: ‘sabbeheva piyehi manāpehi nānābhāvo vinābhāvo aññathābhāvo. Taṁ kutettha, ānanda, labbhā, yaṁ taṁ jātaṁ bhūtaṁ saṅkhataṁ palokadhammaṁ, taṁ vata mā palujjīti netaṁ ṭhānaṁ vijjati’. Yaṁ kho panetaṁ, ānanda, tathāgatena cattaṁ vantaṁ muttaṁ pahīnaṁ paṭinissaṭṭhaṁ ossaṭṭho āyusaṅkhāro, ekaṁsena vācā bhāsitā: ‘na ciraṁ tathāgatassa parinibbānaṁ bhavissati. Ito tiṇṇaṁ māsānaṁ accayena tathāgato parinibbāyissatī’ti. Tañca tathāgato jīvitahetu puna paccāva
Did I not prepare for this when I explained that we must be parted and separated from all we hold dear and beloved? How could it possibly be so that what is born, created, conditioned, and liable to wear out should not wear out? The Realized One has discarded, eliminated, released, given up, relinquished, and surrendered the life force. He has categorically stated: ‘The full extinguishment of the Realized One will be soon. Three months from now the Realized One will be fully extinguished.’ It’s
アーナンダよ、これはかねてより私が説き示したことではなかったか。——愛しく心に適うものすべてとは、やがて異なり、離れ、別れねばならぬと。アーナンダよ、生じたもの、存在したもの、縁によって作られたもの(サンカタ)、壊れゆく性質をもつもの(パローカダンマ)が、壊れることなくあり続けるなどということが、どうして得られようか。そのようなことはあり得ないのである。 さて、アーナンダよ、如来(タターガタ)はすでに寿命の形成力(アーユサンカーラ)を捨て、吐き出し、放ち、断ち、離れ、手放した。そして如来はきっぱりとこのことを語った。——「如来の般涅槃(パリニッバーナ)は遠からず。今より三月を過ぎれば、如来は般涅槃するであろう」と。如来がこの言葉を、命に代えて翻すようなことは——
関連テーマ: 無常 執着 苦しみ
導線タグ: 死の受容,別れ,無常,執着を手放す,喪失,終わりを迎えること,縁起

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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