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長部経典 趣旨一致

長部経典(DN15 §32.2–33.1)

So evaṁ na samanupassanto na ca kiñci loke upādiyati, anupādiyaṁ na paritassati, aparitassaṁ paccattaññeva parinibbāyati, ‘khīṇā jāti, vusitaṁ brahmacariyaṁ, kataṁ karaṇīyaṁ, nāparaṁ itthattāyā’ti pajānāti. Evaṁ vimuttacittaṁ kho, ānanda, bhikkhuṁ yo evaṁ vadeyya: ‘hoti tathāgato paraṁ maraṇā itissa diṭṭhī’ti, tadakallaṁ. ‘Na hoti tathāgato paraṁ maraṇā itissa diṭṭhī’ti, tadakallaṁ. ‘Hoti ca na ca hoti tathāgato paraṁ maraṇā itissa diṭṭhī’ti, tadakallaṁ. ‘Neva hoti na na hoti tathāgato paraṁ mar
Not regarding anything in this way, they don’t grasp at anything in the world. Not grasping, they’re not anxious. Not being anxious, they personally become extinguished. They understand: ‘Rebirth is ended, the spiritual journey has been completed, what had to be done has been done, there is nothing further for this place.’ It wouldn’t be appropriate to say that a mendicant whose mind is freed like this holds the following views: ‘A realized one still exists after death’; ‘A realized one no longe
このように何ものをも観察しない者は、この世において何ものをも取著(しゅじゃく)することなく、取著せざるがゆえに悩乱することなく、悩乱することなければ、自らただちに涅槃(ねはん)に入る。かくして「生(しょう)は尽き、梵行(ぼんぎょう)はすでに完成し、なすべきことはなし終えられた。もはやこのような状態に戻ることはない」と了知するのである。 アーナンダよ、このように心解脱(しんげだつ)を得た比丘(びく)に対して、「如来(にょらい)は死後もなお存在する、これがかの者の見解である」と言うことは、適切ではない。「如来は死後には存在しない、これがかの者の見解である」と言うことも、また適切ではない。「如来は死後に存在しかつ存在しない、これがかの者の見解である」と言うことも、適切ではない。「如来は死後に存在するのでもなく存在しないのでもない、これがかの者の見解である」と言うことも、また適切ではない。
関連テーマ: 執着 智慧
導線タグ: 死後の世界,死への恐怖,執着を手放す,悟り,涅槃,解脱,無執着
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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