← 経典データベースに戻る 「苦しみ」の偈句一覧
苦しみ 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN15 §27.3–28.4)

‘vedanā me attā’ti. ‘Na heva kho me vedanā attā, appaṭisaṁvedano me attā’ti iti vā hi, ānanda, attānaṁ samanupassamāno samanupassati. ‘Na heva kho me vedanā attā, nopi appaṭisaṁvedano me attā, attā me vediyati, vedanādhammo hi me attā’ti iti vā hi, ānanda, attānaṁ samanupassamāno samanupassati. Tatrānanda, yo so evamāha: dukkhaṁyeva tasmiṁ samaye vedanaṁ vedeti. Yasmiṁ, ānanda, samaye adukkhamasukhaṁ vedanaṁ vedeti, neva tasmiṁ samaye sukhaṁ vedanaṁ vedeti, na dukkhaṁ vedanaṁ vedeti; adukkhamasu
‘Feeling is my self.’ Or they regard it like this: ‘Feeling is definitely not my self. My self does not experience feeling.’ Or they regard it like this: ‘Feeling is definitely not my self. But it’s not that my self does not experience feeling. My self feels, for my self is liable to feel.’ Now, as to those who say: you only feel a painful feeling. At a time when you feel a neutral feeling, you don’t feel a pleasant or painful feeling; you only feel a neutral feeling. ‘Feeling is my self.’ You s
「感受(ヴェーダナー)はわが自己(アッター)である」と見なす者がある。あるいはまた、「感受はわが自己ではない。わが自己は感受することなきものである」と見なす者がある。あるいはまた、「感受はわが自己ではない。とはいえ、わが自己が感受しないというのでもない。わが自己は感じる。なぜならば、わが自己は感受を本性とするものであるから」と見なす者がある。 アーナンダよ、しからば、そのように説く者に対して、こう問うべきである。——その時、あなたはただ苦しみの感受(苦受)のみを感じているのである。苦でもなく楽でもない感受(不苦不楽受)を感じている時には、その時、楽の感受(楽受)を感じているのでもなく、苦の感受(苦受)を感じているのでもない。ただ不苦不楽の感受のみを感じているのである。
関連テーマ: 苦しみ 自己 無常 智慧
導線タグ: 自己とは何か,感受,苦しみの本質,アイデンティティ,無我,執着からの解放,苦楽の変化

この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?

LINEで相談する App Storeでダウンロード

🪷 AIブッダ 禅とは

AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。

一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。

10,000+
収録偈句
18
経典
20
テーマ
CC0
ライセンス

経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

全偈句一覧 苦しみ 智慧 怒り 執着 慈悲 正念

© 2026 AIブッダ 禅経典データベース仏陀の教えブログ