老い
長部経典
趣旨一致
長部経典(DN13 §14.5–16.1)
and not even the ancient seers claimed to know where he is. Yet the brahmins proficient in the three Vedas say: ‘We teach the path to the company of that which we neither know nor see. This is the only straight path, the direct route that delivers one who practices it to the company of Divinity.’ “Good, Vāseṭṭha. For it is impossible that they should teach the path to that which they neither know nor see. Suppose there was a queue of blind men, each holding the one in front: the first one does n
「しかも、三ヴェーダに通じたバラモンたちの先人である古の仙人(イシ)たち――すなわち、マントラを作り、マントラを伝えた者たち、その詩句を今日の三ヴェーダのバラモンたちが受け継ぎ、唱え、語り、声に出して誦している者たち、アッタカ、ヴァーマカ、ヴァーマデーヴァ、ヴェッサーミッタ、ヤマタッギ、アンギーラサ、バーラドヴァージャ、ヴァーセッタ、カッサパ、バグ、こうした人々でさえ、かつて『われらはこれを知る、われらはこれを見る――梵天(ブラフマー)のいます処、梵天にいたる道、梵天の御許』とは言わなかったのです。それにもかかわらず、三ヴェーダのバラモンたちはこう言います。『われらが知らず、見ることもないものへの道を、われらは説く。これこそが唯一の正道であり、これを行ずる者を梵天の御許へと導く直路である』と。」
「ヴァーセッタよ、それはよく言った。しかしながら、自らが知らず見てもいないものへの道を説くことなど、いかでかなし得ようか。たとえば、ここに盲人の列があるとしよう。前の者の肩に手をかけ、互いにつながって進んでいくが、先頭の者も、中ほどの者も、末尾の者も、何一つ見え