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老い 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN12 §19.1–20-55.2)

Evaṁ vutte, lohicco brāhmaṇo bhagavantaṁ etadavoca: “atthi pana, bho gotama, koci satthā, yo loke nacodanāraho”ti? “Atthi kho, lohicca, satthā, yo loke nacodanāraho”ti. “Katamo pana so, bho gotama, satthā, yo loke nacodanāraho”ti? Tena kho pana samayena lohiccassa brāhmaṇassa evarūpaṁ pāpakaṁ diṭṭhigataṁ uppannaṁ hoti: “idha samaṇo vā brāhmaṇo vā kusalaṁ dhammaṁ adhigaccheyya, kusalaṁ dhammaṁ adhigantvā na parassa āroceyya, kiñhi paro parassa karissati. Seyyathāpi nāma purāṇaṁ bandhanaṁ chinditv
When he had spoken, Lohicca said to the Buddha, “But worthy Gotama, is there a teacher in the world who does not deserve to be reprimanded?” “There is, Lohicca.” “But who is that teacher?” Now at that time Lohicca had the following harmful misconception: “Should an ascetic or brahmin achieve some skillful quality, they ought not inform anyone else. For what can one person do for another? Suppose someone cut off an old bond, only to create another new bond. That’s the consequence of such a wicked
かくのごとく申し上げると、ローヒッチャ婆羅門(バラモン)は世尊にこう申し上げた。 「しかしながら、ゴータマ尊者よ、この世において叱責(しっせき)に値しない師というものが、はたして存在するのでしょうか。」 「ローヒッチャよ、叱責に値しない師は、たしかに存在する。」 「では、ゴータマ尊者よ、叱責に値しないその師とは、いかなる者なのでしょうか。」 ところで、そのときローヒッチャ婆羅門には、次のような邪悪な見解(miccādiṭṭhi・邪見)が生じていた。 「もし或る沙門(しゃもん)あるいは婆羅門が、何らかの善き法(kusala dhamma・善法)を体得したとしても、体得したのちに他の者にそれを告げるべきではない。他の者が、他の者のために何をなし得るというのか。たとえば、古き束縛(bandhana)を断ち切ったとして、また新たな束縛を結ぶようなものである。これこそ、かかる邪悪な
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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