← 経典データベースに戻る 「幸せ」の偈句一覧
幸せ 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN10 §2.2.1–2.2.8)

“Kathañca, māṇava, bhikkhu indriyesu guttadvāro hoti? So iminā ariyena indriyasaṁvarena samannāgato ajjhattaṁ abyāsekasukhaṁ paṭisaṁvedeti. Evaṁ kho, māṇava, bhikkhu indriyesu guttadvāro hoti. Idha, māṇava, bhikkhu cakkhunā rūpaṁ disvā na nimittaggāhī hoti nānubyañjanaggāhī; yatvādhikaraṇamenaṁ cakkhundriyaṁ asaṁvutaṁ viharantaṁ abhijjhādomanassā pāpakā akusalā dhammā anvāssaveyyuṁ; tassa saṁvarāya paṭipajjati, rakkhati cakkhundriyaṁ, cakkhundriye saṁvaraṁ āpajjati. Sotena saddaṁ sutvā …pe… ghān
“And how, student, does a mendicant guard the sense doors? When they have this noble sense restraint, they experience an unsullied bliss inside themselves. That’s how a mendicant guards the sense doors. When a mendicant sees a sight with their eyes, they don’t get caught up in the features and details. If the faculty of sight were left unrestrained, bad unskillful qualities of covetousness and displeasure would become overwhelming. For this reason, they practice restraint, protecting the faculty
「では、学人(まなびびと)よ、いかにして比丘(びく)は諸根(しょこん)の門を守護するのでしょうか。比丘がこの尊き根律儀(こんりつぎ)を具えているとき、内なる清らかな安楽(アブヤーセーカスカ)を体験するのです。学人よ、これが比丘の諸根の門を守護するありさまです。 学人よ、ここに比丘があって、眼によって色(しき)を見るとき、その相(そう)を取らず、細相(さいそう)を取りません。もし眼根(げんこん)が律されることなく留まるならば、貪欲(とんよく)と憂悩という悪しき不善の諸法が流れ込んでくるでしょう。それゆえに彼は律儀(りつぎ)を修め、眼根を護り、眼根において律儀に達するのです。 耳によって声を聞くときも……(以下同様に)……鼻によって香を嗅ぐときも……」
関連テーマ: 正念 幸せ 渇愛 自己
導線タグ: 感覚的欲求,衝動のコントロール,心の平静,自制心,内なる平和,感情に流される,欲望との向き合い方
⚠ 出家者向けの文脈

この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?

LINEで相談する App Storeでダウンロード

🪷 AIブッダ 禅とは

AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。

一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。

10,000+
収録偈句
18
経典
20
テーマ
CC0
ライセンス

経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

全偈句一覧 苦しみ 智慧 怒り 執着 慈悲 正念

© 2026 AIブッダ 禅経典データベース仏陀の教えブログ