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長部経典 趣旨一致

長部経典(DN5 §21.1–21.3)

Evaṁ vutte, te brāhmaṇā unnādino uccāsaddamahāsaddā ahesuṁ: ‘evaṁ me sutan’ti vā ‘evaṁ arahati bhavitun’ti vā; api ca samaṇo gotamo: ‘evaṁ tadā āsi, itthaṁ tadā āsi’ tveva bhāsati. Tassa mayhaṁ bho evaṁ hoti: ‘addhā samaṇo gotamo tena samayena rājā vā ahosi mahāvijito yaññassāmi purohito vā brāhmaṇo tassa yaññassa yājetā’ti. Abhijānāti pana bhavaṁ gotamo evarūpaṁ yaññaṁ yajitvā vā yājetvā vā kāyassa bhedā paraṁ maraṇā sugatiṁ saggaṁ lokaṁ upapajjitā”ti? “Abhijānāmahaṁ, brāhmaṇa, evarūpaṁ yaññaṁ
When he said this, those brahmins made an uproar, ‘So I have heard’ or ‘It ought to be like this.’ Rather, he just says: ‘So it was then, this is how it was then.’ It occurs to me that the ascetic Gotama at that time must have been King Mahāvijita, the owner of the sacrifice, or else the brahmin high priest who facilitated the sacrifice for him. Does the worthy Gotama recall having performed such a sacrifice, or having facilitated it, and then, when his body broke up, after death, being reborn i
かくの如く説かれたとき、かのバラモンたちは声高に騒ぎ立て、口々に申した。「かくの如く我は聞けり」とか「かくあるべきことなり」などと。しかるに沙門ゴータマはただこう仰せになるのみ——「その時かくの如くありき、その時このようにありき」と。我がかくかく思うには、沙門ゴータマはかの時、マハーヴィジタ王(大勝王)として、その祭祀(ヤンニャ)を主宰せられたお方であったか、さもなくばその祭祀を執り行わせたバラモンの祭官長(プローヒタ)であられたかのいずれかに違いない。されば、尊きゴータマよ、かかる祭祀を修め、あるいは執り行わせたのちに、身体の壊滅(カーヤの解体)とともに、死後に善き世界、天上の世界(スッガティ・サッガローカ)に生まれ出でたことを、御身は憶知(アビジャーナーティ)しておられるのでありましょうか」と。 「バラモンよ、我はまことにかかる祭祀を修め……ということを憶知するものなり」。
関連テーマ: 業・因果 智慧 自己
導線タグ: 死後の世界,来世,善行の果報,前世の記憶,徳を積む,死への不安,魂の行方

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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