智慧
長部経典
趣旨一致
長部経典(DN2 §21.1–23.1)
And so, when I asked the bamboo-staffed ascetic Gosāla about the fruits of the ascetic life apparent in the present life, he answered with the doctrine of purification through transmigration. It was like someone who, when asked about a mango, answered with a breadfruit, or when asked about a breadfruit, answered with a mango. I thought: ‘How on earth could one such as I presume to rebuke an ascetic or brahmin living in my realm?’ So I neither approved nor rejected that statement of the bamboo-st
かくして、尊き師よ、わたくしが竹杖を持つ行者ゴーサーラに、現世において直接見て知られる沙門の果(さまんなぱら)について問いましたところ、かれは輪廻(さんさーら)による清浄(すっでぃ)の教えをもって答えたのでございます。
たとえば、尊き師よ、マンゴーについて問われてパンの実(らぶじゃ)をもって答え、パンの実について問われてマンゴーをもって答えるようなものでございます。
そのとき、わたくしの心にこのような思いが起こりました。「そもそも、わが境内に住まうる沙門あるいは婆羅門(ばらもん)を、このようなわたくしが叱責してよいものであろうか」と。
かくして、わたくしは竹杖の行者ゴーサーラのその言葉を、喜んで受け入れることもなく、また退けることもいたしませんでした。喜んで受け入れることもなく、退けることもなく、不満を心に抱きながらも、不満の言葉を口に出すことなく、その言葉を心に留めながら、そのまま座を立ったのでございます。
⚠ 初学者には難しい