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智慧 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN1 §3.72.4–3.74.2)

evameva kho, bhikkhave, ye hi keci samaṇā vā brāhmaṇā vā pubbantakappikā vā aparantakappikā vā pubbantāparantakappikā vā pubbantāparantānudiṭṭhino pubbantāparantaṁ ārabbha anekavihitāni adhimuttipadāni abhivadanti, sabbe te imeheva dvāsaṭṭhiyā vatthūhi antojālīkatā ettha sitāva ummujjamānā ummujjanti, ettha pariyāpannā antojālīkatāva ummujjamānā ummujjanti. Ucchinnabhavanettiko, bhikkhave, tathāgatassa kāyo tiṭṭhati. Yāvassa kāyo ṭhassati, tāva naṁ dakkhanti devamanussā. Kāyassa bhedā uddhaṁ jīv
In the same way, all of these ascetics and brahmins who theorize about the first beginning or the final end are trapped in the net of these sixty-two grounds, so that wherever they emerge they are caught and trapped in this very net. The Realized One’s body remains, but his leash to existence has been cut off. As long as his body remains he will be seen by gods and humans. But when his body breaks up, after life has ended, gods and humans will see him no more. When the stalk of a bunch of mangoe
比丘たちよ、まさにそのように、過去の辺際(前際)について論じ、未来の辺際(後際)について論じ、あるいは過去と未来の両辺際について論じる一切の沙門・婆羅門たちは、さまざまな見解の立場を説くといえども、そのすべてはこの六十二の根拠(vatthū)という網の中に捕らえられているのである。彼らは浮かび上がろうとするところ、まさにその網の内にあって浮かび上がり、この網に包摂されたまま、内に捕らわれつつ浮かびいずるのみである。 比丘たちよ、如来(Tathāgata)の身体はここに存する。しかしながら、如来の生存へと繋ぐ絆(有の繋縛・bhavanetti)はすでに断ち切られている。身体の存するかぎり、神々と人々は如来を目にするであろう。されど身体が滅び、命が尽きた後には、神々も人々も、もはや如来を見ることはかなわぬであろう。マンゴーの房を結ぶ茎が断たれれば……
関連テーマ: 智慧 無常 執着
導線タグ: 死後の世界,輪廻転生,見解の執着,哲学的問い,無常,解脱,存在の終わり

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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