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智慧 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN1 §2.24.4–2.25.2)

Ahañce kho pana “idaṁ kusalan”ti yathābhūtaṁ appajānanto, “idaṁ akusalan”ti yathābhūtaṁ appajānanto, “idaṁ kusalan”ti vā byākareyyaṁ, “idaṁ akusalan”ti vā byākareyyaṁ, taṁ mamassa musā. Yaṁ mamassa musā, so mamassa vighāto. Yo mamassa vighāto so mamassa antarāyo’ti. Iti so musāvādabhayā musāvādaparijegucchā nevidaṁ kusalanti byākaroti, na panidaṁ akusalanti byākaroti, tattha tattha pañhaṁ puṭṭho samāno vācāvikkhepaṁ āpajjati amarāvikkhepaṁ: ‘evantipi me no; tathātipi me no; aññathātipi me no; no
If I were to declare that something was skillful or unskillful I might be wrong. That would be stressful for me, and that stress would be an obstacle.’ So from fear and disgust with false speech they avoid stating whether something is skillful or unskillful. Whenever they’re asked a question, they resort to verbal flip-flops and endless flip-flops: ‘I don’t say it’s like this. I don’t say it’s like that. I don’t say it’s otherwise. I don’t say it’s not so. And I don’t deny it’s not so.’ This is
「もし私が、これは善(クサラ)であると、あるいはこれは不善(アクサラ)であると、ありのままに知らないまま、これは善であると、あるいはこれは不善であると断言するならば、それは私にとって虚偽となるであろう。それが虚偽であれば、それは私にとって苦悩(ヴィガータ)となり、その苦悩はすなわち私にとって障碍(アンタラーヤ)となるであろう。」と。かくして彼らは、虚偽を語ることへの恐れと嫌悪ゆえに、これは善であるとも断言せず、これは不善であるとも断言しない。問いを問われるたびごとに、言葉の惑乱(ヴァーチャーヴィッケーパ)に陥り、鰻のごとき逃避(アマラーヴィッケーパ)を繰り返す。すなわち、「そうであるとも私は言わない。そのようであるとも私は言わない。また別様であるとも私は言わない。そうでないとも私は言わない。そうでないのではないとも私は言わない。」と。これが
関連テーマ: 智慧 不安 自己 苦しみ
導線タグ: 優柔不断,言い訳,責任回避,誠実さ,自己欺瞞,決断できない,真実を語る勇気

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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